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帰省5
side 蒼牙
「····うん、よく見えるよ。本当に···凄く綺麗だ···」
そう言って綺麗に微笑む悠さんの表情に俺の心臓がトクトクと早鐘を打つ。
膝に抱いた身体は暖かく、抱き締めた腕に力を込めた。
俺の肩に頭を乗せて目の前の光景に心を奪われているこの人を、今すぐにでもメチャクチャに乱したいような、何時までも穏やかに抱き締めていたいような、反する気持ちに苦笑した。
おじいさん達の事を語ってくれたあの日、悠さんの大切な場所に俺も行ってみたいと思った。
大切な人達、場所、思い出···そこに俺のことも刻んで欲しくなった。
そうして連れてきてもらったここは、悠さんのように温かくて···俺にとっても大切な場所になっている。
···見たことない悠さんばかりだったな。
朝から男前な姿を見せつけられたかと思うと、畑ではミミズを嫌がり子供のように争った。
おじいさん達の前では大人の顔ではなく『孫』の顔になっていて、安心しきったその様子が微笑ましかった。
俺はどこまでこの人に心を奪われるのだろう。
出会ってから数ヵ月。
今までどうやって過ごしていたのか分からない程に、毎日が悠さんでいっぱいになっている。
この人がいない生活なんてもう考えられなくて、自分でも呆れるほどに執着している。
『お嫁さんにください』
あの言葉をおじいさんは冗談に受け取っていたけど、紛れもない本心だ。
肩口にある悠さんの頭に口付ける。
悠さんが女だったら、とっくに籍を入れている。
別に結婚という形に拘っているわけではないが、周りにこの人は俺のものだと知らしめたいのは事実だ。
「ほんとに出来たら良いのに···」
「···何がだ?」
無意識に口に出てしまったセリフを悠さんが拾う。
身体を少し起こし振り返ることで、腕の中にあった温もりが消えてしまい残念に思う。
こんなことすら喪失感になるなんて···重症だな。
「悠さんと結婚できたら良いのにって。」
思ったよりも真剣な声が出てしまい、少し焦った。
こんなこと本気で言っても困らせるだけだ。
バツが悪くて、顔を隠そうともう一度胸に抱き締めた。
「·····」
ほら、悠さん黙ってしまった。
ギュッと力を込めた腕をそっと撫でられるが、何となく離すことができない。
「···蒼牙」
暫く無言だった悠さんがボソッと呟く。
その小さな声に敏感に反応してしまい、「はい···」と首筋に顔を埋めたまま答えた。
「前から考えていたことなんだけどな···一緒に暮らさないか?」
「···え、」
悠さんの言葉を心の中で繰り返す。
一緒に暮らさないか···って言った··?
都合の良い聞き間違えだろうか?
「俺とお前と、二人で暮らさないか?」
俺が黙っているともう一度繰り返されるセリフ。
今度はハッキリと聞き取った。
「···悠さん、」
「お前が嫌ならいい。でも、嫌じゃないなら」
「嫌なんかじゃありません!!」
悠さんの言葉を最後まで聞かずに言葉を被せた。
嫌なわけない。
こんなに嬉しいこと、断るわけがない。
「良いんですか?そんなこと言ったら、俺、付け上がりますよ。貴方を離さないし、自由になんかさせないですよ?」
抱き締める腕にさらに力を込める。
女性のような華奢さや柔らかさがない身体。なのに俺の腕に馴染む。
離すことができない、離れてしまうときっとおかしくなってしまう。
こんな狂ったような想いをぶつけてしまうのは、少し怖いとも思う。
···でも、本音だから。
隠すことなんかできない、俺の本心だから。
「いいよ。···お前になら束縛されてやる。だから、俺にも束縛させろ。」
悠さんが身体を起こし向きを変える。
俺に向かい合うと、真剣な表情で続けた。
「結婚はできないけどな。でも、お前は俺のものだ。」
そう言って優しく口付けてくれる。
激しくない、誓うような口付けに心が熱くなっていく。
この人はどれだけ俺を甘やかし、夢中にさせる気だろう。
こんな甘い口付け、俺は知らない。
離れていく唇を追いかけ、今度は俺から口付ける。
···チュッ、チュッと何度もキスを繰り返し、逃げないように後頭部を押さえつけてから深く口付けた。
「ンッ、ハッ···そ、が···んンッ!」
悠さんの手が俺の首と背中に回され、すがるように握られた。
クチュクチュ、チュッ···
やがて悠さんの唇から飲み込めなかった唾液が顎を伝い、それを舐め取ってもう一度軽く口付けた。
「一緒に暮らしたいです、悠さんと。貴方も俺のものだから···」
額を合わせ目を見つめながらそう言うとフワリと微笑む。
その微笑みは本当に綺麗で、俺はまたこの人に心奪われていく。
暖かいその身体を抱き締め、「ありがとうございます」と伝える。
返事はなかったが、ギュッと強く抱き締め返されたことが悠さんの返事なのだと感じる。
····照れているのだろうな。
悠さんらしい態度に愛しさが募る。
「···ホタルの光にあてられた。ほら、そろそろ帰るぞ。」
やがて茶化すようにそう言うと悠さんは立ち上がり笑った。
「···はい。」
俺も続いて立ち上がり手を差し出せば、躊躇うことなく重ねてくれる。
何度も繋いだ手だけど、こうやって差し出す度に胸が高まる。
「ん、」
握られた手の温もりを離さないように強く握り返すと、俺はもう一度ホタルを見上げた。
「···綺麗ですね。」
心からの言葉に「···だろ?また来ような。」と悠さんは嬉しそうに笑ったー。
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