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新生活に向けて3
side 悠
ファミレスでスイッチが入った蒼牙は、食事の間中ずっと俺に甘かった。
それはまるで他人に見せつけるかのようで、やっぱり嫉妬していたんじゃないか···と、呆れてしまった。
でもそうやって独占欲を見せてくれるのが心地好いのだから、俺も大概だと思う。
家具店に着く頃には蒼牙も犬に戻っていて、嬉しそうに店内を回る様子に、だんだんと俺も楽しくなった。
天蓋付きベッドを指差しながら「これなんかどうですか?」なんて聞いてきた時には笑ってしまったが、蒼牙の日本人離れした容姿と甘い雰囲気に、そのベッドは意外と似合っていて。
暫く黙ってベッドを見ていたかと思えば口を押さえたのが見えて、つい肘打ちを喰らわしたが···絶対にろくでもないことを考えていたに違いない。
そうして何だかんだでまた店内を回り、たまに寝転んでみたり価格を確認したりしている。
「気に入ったのがありますか?」
座ってクッションを確かめていると、覗き込むようにして蒼牙が聞いてくる。
「そうだな。これとか、寝た感じは気持ちいいし、下には収納スペースがあって良いな。蒼牙はどれか気に入ったのがあるか?」
ベッドは自分が買うと蒼牙は言っている。
だから、俺の好みよも自分の好みを優先して欲しい。
···あの天蓋付きベッドは却下だけどな。
「俺ですか?···俺はダブル以上のサイズと、あとはそうですね···寝心地よりもスプリングが効いていたら良いかな。その方が便利でしょ?」
「なっ···!」
最後の言葉はニッと笑いながら言うから、せっかく引いていた顔の熱が集まってしまう。
文句を言おうと口を開きかけると、ギシリと小さな音をたてて蒼牙が隣に座ってきた。
「うん、高さも良いし、色も落ち着いてて良いですね。それに···」
「うわっ···!?」
そう言って蒼牙は俺の膝裏に手を差し込むと、簡単に持ち上げ俺をベッドに寝かせた。
驚いて起き上がろうとした俺の肩を掴んで制すると、するりと横たわり腕を回して抱き締めてくる。
「おま、ここ外だから‼」
いつも一緒に眠っている時のように抱き締められ、恥ずかしくて小さく暴れると「騒いだら目立ちますよ?」と耳元で囁かれた。
「···クソッ、」
その一言で身体がピタリと止まる。
近くに他の客はいないが、ここで騒げば目立つだろう。
クスクスと笑う声が耳元に落ちてきて、もう好きにしろ···と、ややヤケクソな気持ちで蒼牙の服を掴んだ。
「···ほんとだ、寝心地も良いですね。このまま眠っちゃいそうなくらい。」
大人しくなった俺を抱き締めたまま「これにしましょうか?」と顔を覗き込むと、蒼牙は綺麗に微笑んだ。
からかうような笑いでも、楽しんでいるような笑いでもない、幸せそうな微笑み。
「···そうだな。」
「ッ!」
あまりにも幸せそうな表情で笑うから···その顔を見ると俺も嬉しくなってしまって。
気が付いた時には目の前にあった形の良い唇に吸い寄せられ、触れるだけのキスを送っていた。
「え、悠さん···?」
「クッ、ハハハ···!」
予想外のことだったのか、目を大きく開き驚いているのが可笑しくて、俺は声を出して笑った。
「よし、じゃあこれにしよう。蒼牙が買ってくれるんだろ?ありがとうな。」
身体を起こしベッドから降りると、サイドに置いてあった商品ナンバーの紙を蒼牙に渡した。
のそのそと起き上がり「やられた···」とボヤいていた蒼牙は、用紙を受け取り立ち上がるとニッと笑った。
「こんなところで煽ったんだから、帰ったら覚悟しててね、悠。」
「···!」
ちょっと待て、何でスイッチが入った!?
俺が言葉を失っている間に、蒼牙はさっさとレジに向かってしまう。
鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌な様子を見て、背中を冷たい汗が流れた。
「どうしたの、悠。早く帰るよ?」
立ち止まった俺を振り返り、至極楽しそうな声で呼ぶ。
「···俺が悪いのか··?」
自分の浅はかな行為を呪うも、後の祭り。
···どうか、帰るまでには犬に戻っていますように。
恐らくは叶わないであろう願いを胸に、俺は蒼牙の後を追ったー。
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