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引っ越しプチパニック。
side 蒼牙
8月の暑い日に業者に頼んで引っ越しをする。
使わない家具や食器など、事前に処理していたおかげで大した量の引っ越しではないことが救いだ。
時間をずらして悠さんの荷物も届くから、なるべく早く荷物を下ろして簡単に片付けておきたい。
「蒼牙、これはどっちの部屋に運ぶんだ?」
今日の為に仕事の休みを合わせてくれた内藤くんが朝から手伝ってくれているおかげで、比較的早く荷物が運び込めている。
「あぁ、それはそっちの寝室にお願い。」
「了解‼」
指差した寝室の扉は開いていて、中の様子がよく見えている。
まだ何もセッティングされてないマンションで、寝室のベッドだけが完成された形で置かれている。
悠さんと二人で買いに行ったダブルベッド。
部屋に入った彼がどんな顔をするのかちょっと興味がある。
足音を忍ばせてゆっくりと部屋を覗くと、ベッドの脇で赤くなった内藤くんがフリーズしていた。
···おもしろい。
想像通りの反応をしているのが可笑しくて、クスクスと笑いながら開いているドアをノックした。
「内藤くん。」
「え、あ、はい!」
名前を呼ぶと、妙に元気な返事をしてわたわたと慌てて振り返った。
「いいでしょ、そのベッド。まだ未使用だから綺麗だよ。寝転んでみる?」
意味深に笑いながらそう言うと、内藤くんの顔がますます赤くなる。
「···お前、ほんとにいい性格してるよな···」
そう呟く内藤くんに「誉め言葉として受け取っておくよ。」と笑い、俺は残りの作業に向かったー。
俺が頼んだ業者と入れ違いで、悠さんの引っ越しが始まった。
俺同様、事前に処理しているから荷物は減っている。内藤くんも率先して動いてくれるので、運び込みには時間が掛からなかった。
「ありがとう、助かったよ内藤くん。」
「いえ、これくらいどうってことないですよ。」
ニカッと笑いながらそう答える内藤くんを、悠さんはニコニコと見ている。
···この二人やけに仲が良いんだよな。
業者も帰って、後は荷物を片付けるだけとなり少し休憩をとりながら会話をする二人。
自分の恋人と友人が仲良く話すのを見ると、嬉しいような、引き離したいような、複雑な気持ちになる。
個人的に内藤くんは好きだし、悠さんが内藤くんを気に入っているのも知っている。
でも、だからってそんなに可愛がらなくても···と感じてしまうのは、俺の心が狭いのだろうか。
「俺、学生時代に引っ越し業者のアルバイトしてたことありますから、けっこう得意なんです。」
「そうなんだ?だから手際も良かったんだね。」
「あっ!!」
二人の会話を聞きながら段ボールを開けていた俺は、視界の端に飛び込んできた光景に思わず声をあげた。
『いいこ、いいこ』··と声が聞こえてきそうな雰囲気で内藤くんの頭を撫でていた悠さん。
俺が大きな声を出してしまって、驚いたように固まっている。
反対に内藤くんはわたわたとしているけど···。
「どうした?急に大きな声出して。」
「···いえ、何でもないです。」
「あ!俺腹減ったんで何か買ってきますね!」
「え?内藤くん?」
早口で告げると、すくっと立ち上がり逃げるようにして玄関に向かう内藤くんを、悠さんは呆然と見送っている。
俺から逃げたのか、それとも気を利かせてくれたのか···どちらにしても悠さんと二人になれたことにほくそ笑む。
「···食べるものなら用意してあるのに··って、何だ?」
玄関を向いたままの悠さんの身体を背後から抱き締めた。
鼻を擽る悠さんの香りに誘われるように、その首筋に顔を埋める。
「···ッ、汗臭いから、」
「そんなことないですよ。俺の大好きな香りです。」
身を捩る悠さんを抱き締めたまま、後ろから顎を掬い上げる。
「今日は··まだキスしてないですね···」
「蒼牙···」
俺の腕に手を添え、誘うような甘い声で俺を見上げる悠さんに微笑みかけ、顔を寄せていく。
ゆっくりと瞳を閉じる悠さんの吐息が聞こえ、心臓の音が速まるのが分かった。
そうして背後から口付けようとした···その瞬間。
「いやぁ、慌てて出たら財布忘れ、て···!?」
唇が触れ合う直前に響く、内藤くんののんびりとした声。
「···内藤くん··ひどいよ···」
「うわっ、内藤くん!?あの、これは、その、」
「ごめんなさい!見てません、見てません!」
ガックシと項垂れる俺。
俺の腕の中で慌てふためく悠さん。
そして、悠さん以上に慌てる内藤くん。
それぞれの思いを言葉に乗せ、俺達はしばらくそのまま動けないでいたー。
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