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引っ越し祝いの副産物6
side 悠
ダルい身体を叱咤しつつ出勤し、やっと平常通り動けるようになってきたのは昼食をとる頃だった。
昨日はさんざん蒼牙の好きにされ、動くのが億劫になるほど愛された。
あげく、俺の匂いがどうとか言って、ベッドに入ってからは血まで吸われた。
『大丈夫ですか?···動けます?』
朝、グッタリとしているのを見た蒼牙が身体を支えながら心配してきた姿を思いだし笑いが溢れる。
お詫びのつもりか朝に弱いくせに早起きをし、朝食の準備をして俺を起こした蒼牙。
『···本当にごめんなさい。理性を失いました···』
耳をシュンと垂れさせ項垂れた犬がベッド脇で謝るのを見て、『可愛い』と思ってしまったことは内緒だ。
俺が怒っていると思っているのだろう蒼牙は、甲斐甲斐しく世話をしようとした。
それを『大丈夫だから』と言えば言うほどシュンとなっていく蒼牙が可愛いのだから、俺も大概だ。
···本当に、怒ってなどいないのにな。
酔っていたとはいえ蒼牙を煽るようなことを言った自覚はある。
そして煽られた蒼牙がどうなるかなんて、俺だってよく分かっているつもりだ。
それに血を吸われたことも別に嫌じゃなかった。
むしろ蒼牙が俺を欲しがっているのだと思うと、愛しくて抱き締めたくらいだ。
まぁ確かに、最後の方は訳がわからなくなるほどに感じさせられた···っていうのはやり過ぎだけどな。
「篠崎、ここいいか?」
仕事の休憩時間、アイスコーヒーを飲み一息ついていると木内が向かい側から声を掛けてくる。
「あぁ。外回りお疲れさま。」
今帰って来たのであろう、汗を拭き水を一気に飲む木内を労った。
外回りから帰ってきた木内に比べたら、今日の俺の仕事は楽な方だ。
···涼しい場所にいたんだ。
しっかりしろ、俺。
身体がダルいとかなんとか言ってる場合じゃないだろ···と、自分に渇を入れ、大きく一つため息を吐く。
すると、それを見た木内がニヤッと笑った。
「···もしかして、この間の衣装使って頑張りすぎたか?」
「···ッ!」
からかうつもりで言ったのであろうセリフに、一気に顔が赤くなるのが分かった。
しまった!
こんな反応『はい、そうです』と言ってるも同然じゃないか!
「やっぱりか。こんなくそ暑い中、きっちりネクタイなんか絞めてるのはそういうことね。」
ニヤニヤする木内に何も言えない。
どんどん赤くなっていく顔を見られまいと、机に肘をついて顔を隠した。
「へぇ~、篠崎が頑張りすぎるほど可愛かったのか、ナース服。ちゃんとお前も着たのか?白衣。」
「··········うるさい。」
身を乗り出して興味津々で聞いてくる木内を、俺は睨み付けた。
言えるわけない。
まさか、ナース服を俺が着たとは。
あげく白衣を着た恋人に好きにされたとは。
「なんだよ、別に減るもんじゃなし教えてくれてもいいだろうが。そんなになるほど燃えたんだから、お前もまんざらでも無かったくせに····ッて!」
ニヤニヤしながらそんなことを言う木内の膝を、机の下で蹴りつけた。
「いってーな!何するんだよ、ひどくね?」
「うるさい、元はと言えばお前のせいだろうが!変なもん寄越しやがって!」
痛い、痛い、と大袈裟に喚く木内を一喝すると、残りのコーヒーを一気に飲んだ。
「そんなこと言って、お前だってノリノリだったからそんなに色気撒いてんだろうが!」
「はぁ!?何言ってんだ。」
周りを気にする余裕もない俺に、木内は意地悪く笑って言った。
「なんだ、気付いてなかったのか?お前、朝から気だるげで、無駄に色気を振り撒いてんだよ。さっき急騰室で女の子達が騒いでたぞ。『今日の篠崎さんヤバイ‼』ってさ。」
「な、」
「てか、ぶっちゃけ、男共もお前からやや目を逸らしてる感はあるよな。今だって、周りから視線感じるだろーが。」
「·············」
木内のその言葉に、思わず周りを見回した。
すると、こっちを見ていたらしい数人が、俺と目が合った途端に慌てて視線を逸らした。
「···な?」
「······ウソだろ。」
「ほんと。てことで、あんまり色気を振り撒いて周りを惑わさないように。」
ぼそっと呟いた言葉をケラケラと笑いとばし木内は立ち上がると、俺に身体を寄せ続けた。
「じゃあ今度はポリス服でもプレゼントしてやるよ。ちゃんとミニで。あぁ、でもやるならほどほどにな。」
「いるか!俺は絶対に着ないからな!」
「·····え?」
そう言ってから、俺は慌てて口を押さえた。
立ち去ろうとしていた木内がゆっくりと振り返るのを、やってしまったという思いで見つめ返す。
「········。」
「········。」
沈黙が痛い。
どうか、これ以上突っ込んできませんように···
祈るような気持ちでいる俺とは裏腹に、木内の顔はどんどん面白がったものに変わっていった。
「·····篠崎、明日は休みだしゆっくり話でもしようぜ。いつもの店に8時な。」
「·······嫌だ。」
「ポリス服、本当に持っていくぞ。」
「········ッ!」
「逃げんなよ。逃げたらお前のマンションに郵送するからな。」
そう言ってヒラヒラと手を振りながら「じゃ、また夜にな~」と楽しそうに去っていく木内をその場で固まったまま見送った。
最悪だ。
自分の愚かさに呆れるも、後悔先に立たず。
深いため息を吐き俺は机に突っ伏した。
よし、このまま貝になろう。
休憩時間が終わるまで、俺はそう現実逃避を続けていった。
そして····その日の夜。
俺は同僚であり親友でもある男に、人生で一番恥ずかしい話を話す羽目となり。
驚き固まった後、笑いこける木内に伝票を叩きつけ、逃げるように店を出ていったー。
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