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蓮華とナオ

side 清司 店の前に『close』の札をぶら下げ、照明を落とす。 最近雇ったアルバイトも帰ったし、今日はどこかに飲みに行こうかと考えていると携帯が鳴った。 「はい。何だよ、姉さん。」 『清司?良かった、繋がって。もう仕事は終わったの?』 明るく、透き通った声。 我が姉ながら、この人の若さには驚かされる。 「終わったよ。今日は何の用?」 『あら、素っ気ないわね。そんなに悠くんに言ったことを怒ってるの?』 「····別に。ただ貴女の思いつきに、俺を巻き込まないで欲しいね。」 先日の電話での一件を思いだし少しムッとしながら答えると、カラカラと笑う声が聞こえた。 まったく、昔から自由な人だったが相変わらずだな。 『ごめんなさいね。だけど、もう少し付き合ってちょうだい。これから蒼牙のお店に行こうと思うから、あなたも来て。』 「はぁ!?何で?」 『だって、私じゃ悠くんがどのこか分からないじゃない。ナオも連れていくから、連絡よろしく。じゃあね。愛してるわよ、清司。』 「ちょっと、まて···!」 慌てて引き留めるも、電話はさっさと切られてしまい。 こういう相手の都合を無視して話を進めるところ、本当にどうにかならないかな。 『愛してる』と言えば許されるとでも思ってるんじゃないだろうか。 ···俺も人のこと言えないけど。 好きなことをやる自由さや、人を試すようなことをするところ。 俺達は本当によく似ている。 この間は急に悠くんに電話をするように言われた。 久しぶりに聞く穏やかな声に『やっぱり良いよなぁ』なんて思っていると、横から脇腹を殴って携帯を奪い、訳のわからないことを話していた。 電話を切った時に見せた笑顔はひどく満足そうで。 まぁ、何をしたいのかくらい分かるけどね。 だからこそ悠くんに先に謝ったんだ。 ····仕方ないな。 もう少し付き合ってあげるよ。 悠くんが真剣になっているところを見るのは俺も好きだしね。 「でも、嫌われたらキツイよなぁ。」 一つ大きく伸びをしながらぼやく。 そうして手早く携帯を操作し悠くん宛にメールを送信すると、駅に向かって歩き始めたー。 「ほら、清司くん来たよ、蓮華さん。」 「あら、ほんと。思ったより早かったわね。」 「···どーも、こんばんは。」 蒼牙のホテルの前、時間はもう8時を回っている。 空腹で少し不機嫌になりつつも笑顔で二人に挨拶をした。 「なんかごめんね、清司くん。蓮華さんのワガママに付き合わせて。」 申し訳なさそうに謝るナオちゃんに、ニッコリと微笑んで見せた。 「ん~、大丈夫。この人のワガママにはもう慣れてるよ。ナオちゃんもだろ?」 「そうだね。」 クスクスと笑うナオちゃんは、とても綺麗になったと思う。 パーマをあてたショートの髪。 色白の肌、すらりと長い手足。 高い身長に切れ長の瞳。 女性特有の色気もあるが、活発な印象を受けるのはその引き締まった体つきからくるものだろう。 「二人とも随分な言いようね。私がワガママだって言うけど、清司も結構なものよ?」 視線を向けると、少し拗ねたような様子で俺を見上げてくる姉。 この人···化け物だな。 ナオちゃんと並んでいると、その華奢さがさらに際立つ。 長い黒髪、深く蒼い瞳と艶めく赤い唇。 小柄な身体を今はワンピースに包み、ヒールの高い靴を履きこなす姿はまるでモデルのようだ。 ···もうとっくの昔に40歳を過ぎてるのにな。 まだ20代に見える姉。 俺はこの人以上に美しい女性に会ったことがない。 「まぁいいわ。それよりも、ちゃんと連絡してくれた?」 「悠くんにだろ?したよ。···あんまり彼を苛めないで欲しいね。」 ため息混じりでそう答えると「ありがとう。じゃあ、行きましょうか。」とクスリと笑われた。 ····苛めないとは言わないんだな。 「·····ねえ、清司くん。今日って何があるの?」 「聞いてない?姉さんから。」 俺の側に来てコソッと聞いてくるナオちゃんに、やっぱりかと苦笑した。 そんな気はしていたんだ。 「何も。蒼牙のレストランに行くってことしか。」 「まぁ、間違ってはないよ。」 ナオちゃんの頭をポンッと叩き「ビックリするだろうけど、とりあえずは傍観してたら良いよ。」とだけ伝える。 「····なに、それ。」 訝しげな表情を見せる彼女に俺は微笑んでみせた。 「清司、ナオ、どうしたの?」 「あぁ、ごめんごめん。今行くよ。」 振り返って俺達を急かす姉に謝ると、俺も中に入ろうと踏み出した。 と、その時。 「雛森さん···」 間違えようのない、かつて俺の心を乱した人物の声が聞こえた。 ゆっくりと後ろを振り向く。 「···こんばんは、悠くん。」 走ってきたのか息を吐き出し、少し顔を赤らめたその様子に罪悪感を感じないでもない。 「姉さん!」 「···なに?」 先に歩いていた姉を呼び止め振り返らせる。 俺が声を掛けた方向に視線を向けた悠くんが、一瞬戸惑ったのが分かった。 「····秋山さん··?」 ゆっくりと誰に問うでもなく呟いた声に、姉はクスッと笑った。 「···ええ、蒼牙の母親です。貴方が『悠くん』ね。」 「はい。」 戸惑いは一瞬で、すぐに姿勢を正し真っ直ぐに姉を見据える悠くん。 ····ほんと、蒼牙が羨ましいよ。 凛としたその姿を眩しく感じながら、俺は二人を見つめていたー。

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