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悠と蒼牙

「つまり···最初から俺を試すつもりで話していた···ということですか?」 ひどく喉が渇く。 絞り出すように呟いた言葉に、ニコニコしながら秋山さんは頷いた。 「ええ、ごめんなさいね。でも、貴方がどれだけ本気で蒼牙と付き合っているのか知りたかったの。」 「嘘つけ、蒼牙があんまりにも幸せそうだから、ちょっかいを出したかったんだろ?」 「それもあるわね。」 雛森さんの言葉にイタズラが成功した子供のようにフフッ···と笑うと、秋山さんは俺に視線を向けた。 「でも貴方を知りたかったのは本当よ。···そして、これから先に出てくるであろう問題に、どれだけ覚悟を持っているのか試したかったの。」 「···はい。」 その瞳は真剣で嘘をついているようには見えなかった。 蒼牙のことを愛しているからこそ、心配する気持ちと応援したい気持ち。 その2つの気持ちの結果、今回のことに繋がったのだろう。 「でも、結果的に悠くんに嫌な思いをさせたことには変わりないから···本当にごめんなさいね。」 そう言って頭を下げるのに慌ててしまう。 頭を上げてくれるように伝えると、秋山さんはフワリと笑った。 「悠くんで良かった。あの子のこと···よろしくね。」 「···はい。こちらこそ、よろしくお願いします。本当にありがとうございます。」 ·····良かった。 自然と顔が弛む。 分かってもらえたことも、 ナオさんが妹だった事実も、 認めてもらえたことも、 全てに安堵する。 だけど一番嬉しいのは···蒼牙がこんなにも愛されているということで。 試されたことに腹が立つわけがない。 残っているのは擽ったいような、暖かな気持ちだ。 「ところで···悠くん?」 「はい。」 コーヒーで喉を潤していると名前を呼ばれる。 秋山さんを見つめると、何かを企んでいるかのような顔をしていて。 あ、これ···嫌な予感がする。 「あのね、私···蒼牙が愛し、愛されてるところが見たいわ。」 「··········はい?」 ニッコリと笑うその表情は見覚えがある。 これは蒼牙がろくでもないことを言い出すときと同じ顔だ。 「ほら、結婚式だって誓いのキスをするでしょ?あんな風にあなた達がお互いを想い合ってる姿が見てみたいの。」 「何言ってんの、姉さん!!」 「レンカさん···また無茶を···」 「·········無理です!」 言われたことを頭の中で反芻して、顔が真っ赤になる。 やっぱりろくでもないことだ! こんな時だけ当たる予感。 この人達の前で蒼牙とキスをしろと言うのか。 「あら、じゃあ本当は本気じゃないってことかしら。あなた達が結婚式を挙げてくれるのなら私も我慢するわよ?でも挙げてくれないでしょ?」 「う、それは···」 しょんぼりとして見せるその様子に、良心が痛む。 確かに式は挙げられないが····それとこれとは違わないか? 「姉さん。悠くんが困ってる。無理言わないでくれる?」 隣から雛森さんが面白くなさそうな声で抗議してくれる。 助かった···! 「清司には関係ないでしょ。私は悠くんと話しているの。」 「でも、」 「まだ何か?」 「··················分かったよ。ごめんね悠くん。助けにならなかった···。」 秋山さんに一睨みされて、雛森さんが諦めてしまう。 もう少し粘って欲しい···と思いながらも、この人には誰も逆らえないのかもしれないと感じた。 そうして視線を俺に戻すと秋山さんは少しだけ首を傾げる。 「ね?お願い。」 「·····う····、」 上目遣いでお願いされ、思わずドキッとしてしまう。 こんな美人がそんな可愛い仕草するのは卑怯だと思う。 それに、しょんぼり感といい見つめてくる瞳といい···蒼牙と似ている。 ···ダメだ、この瞳には逆らえない。 「···分かりました。でも、キスは勘弁してください。恥ずかしくて死にます···」 「仕方ないわね。」 顔を覆ってそう呟くとウキウキとした声で秋山さんが言った。 チラリと見た顔はキラキラしていて、勘弁してくれ···ともう一度心の中で呟いたー。 「···············あ、愛してる、よ。」 レストランの中。 仕事の合間にやって来た蒼牙にそう告げる。 現状が理解できていない蒼牙の態度は見るからに不機嫌で、苛ついていたのが分かった。 これは早く告げた方が良い···と思い言葉にしたのだが。 「キャー‼」 ナオさんの小さな悲鳴と、秋山さんの笑顔にいたたまれなくなる。 緊張から声は震えてしまったが、蒼牙の耳にはちゃんと届いただろうか···。 早くこの場から去りたい衝動に駆られながら蒼牙を見上げた。 その顔はひどく嬉しそうで。 「···ありがとうございます。俺も愛してますよ。」 頬を撫でながらそんな風に返してくるものだから、穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。 「おい、仕事の途中だろうが。早く戻れ。」 「···うるさいな。今、悠さんが最高に可愛いんですから外野は黙っててください。」 どこか不満げな声で雛森さんが蒼牙を追い払おうとするが、蒼牙は俺から視線を反らさない。 真っ直ぐに見つめてくる優しい瞳に、緊張とは違うドキドキが胸を襲う。 ゆっくりと近づいてくる綺麗な顔に、思わずギュッと目を瞑った。 「···ちゃんと話せたみたいで安心しました。後で教えて下さいね。」 耳元で囁かれる優しい声。 耳に掛かる吐息と、蒼牙の甘い香りに身体が熱くなる。 返事をしようとしたその瞬間、 「····ッ!」 チュッ··· 耳に触れた柔らかい感触と響く音に言葉が出ない。 「じゃあ、俺は戻ります。悠さん、ゆっくりしていって下さいね。」 「···ああ。待ってるから、帰りは一緒に帰ろう?」 フッと笑い去ろうとする蒼牙に、俺も耳を押さえて微笑み返した。 「はい。」と嬉しそうに返事をすると、蒼牙はキッチンへと戻っていく。 その後ろ姿を見送っていると、ボソッと呟く声が聞こえてきた。 「悠さんかわいー。てか、あんなにデレてる蒼牙、初めて。逆に怖い···」 「悠くんが可愛いのは知ってるよ。···蒼牙のヤツ、完璧俺達を無視しやがったな。」 ナオさんと雛森さんの声にハッとする。 しまった···人前だった! おそるおそる振り向くと、少し顔を赤らめたナオさんがニコニコと俺を見つめ、顰めっ面な雛森さんがアルコールに口をつけていた。 「あの、今のは···」 わたわたとしていると「悠くん。」と名前を呼ばれた。 「完璧よ。良いもの見れたわ、ありがとう。」 「···········!!」 これ以上ないくらいの笑顔で秋山さんに言われ、もう言葉にならない。 ···ダメだ、ここは完全にアウェイだ。 頼むから早く仕事が終わってくれ···俺を帰らせてくれ。 恥ずかしすぎて泣きたいような気持ちで、俺はキッチンの方へと視線を向けたー。

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