222 / 347
熱帯夜(※)
「フッ···ちょっ、待てって···ンッ、」
マンションのエレベーターの中で、壁に押し付けられて唇を奪われる。
乗り込んだ途端に豹変した蒼牙に驚く暇もなく、差し込まれた舌が口腔内を好きに動き回っている。
蒼牙の手は腰のラインをなぞるようにゆっくりと動き、明らかな意図をもったその動きに身体が熱くなっていく。
「ンッ、あんなこと言って煽っておいて···俺が我慢できると思ってるの?」
囁きながらまた口付けてくるから、その背中を叩いて抗議した。
「ンーッ、誰か来たら··フッ、ンア··」
クチュクチュという音が狭いエレベーター内に響く。
目的の階に到着し扉が開いても、蒼牙は俺の唇を奪い続けた。
やがて閉まり始めた扉に手を掛け止めると、唇を触れ合わせたまま囁く。
「ンッ···ごめんね、部屋に戻ったらすぐに抱くから···文句はその後で。」
「····ッ!」
心臓が跳ね上がった。
あまりにも色っぽい声と欲に濡れた瞳。
俺の腕を掴みエレベーターから降りると、足早に部屋に向かっていく。
鍵を開く音がやけに大きく感じたー。
ホテルの前で秋山さん達と別れ、蒼牙と二人で駅まで歩いた。
電車の中は空いていて、隣り合わせに座ると今日のことを話していった。
認めてもらえたこと。
ナオさんのこと。
秋山さんの想いや俺の覚悟···。
黙って話を聞いていた蒼牙は「···ありがとうございます。」と一言呟くと俺の手を握り微笑んだ。
その表情は幸せそうで···だけどどこか寂しそうにも見えて。
「···蒼牙?」
少し心配になり声を掛けると「···俺は何も出来ませんでした。」と笑った。
その笑顔はやっぱり寂しそうで、無性に抱き締めたい衝動に駆られた。
俺が自分で解決したいと言ったとき、蒼牙はそれを了承してくれた。
だけど···『俺達の問題』と言っておきながら、認めてもらいたい一心で自分のことしか考えていなかったのではないか。
蒼牙は二人で向き合いたかったのに···そう思うと胸が苦しくなる。
「···ありがとう、蒼牙。俺の我が儘に付き合ってくれて。」
そう言って微笑み返すと、蒼牙の手に力が込められた。
「蒼牙が俺を信用してくれたおかげで、お母さんにも認めてもらえた。···お前のことをよろしくって言ってもらえた。俺はそれが嬉しいんだ。」
「···はい。」
真っ直ぐに見つめてくる瞳。
その深い蒼に吸い込まれそうだ。
「だけど、もしこれから先に同じようなことがあったら···その時は一緒に解決しよう。俺とお前の二人で。」
「····ッ、」
「お前が側にいてくれたら、俺はどんなことにも負けない。強くいられる。これからも俺には蒼牙が必要だし、必要とされたい···だから、ッ、」
そこまで話したところで大きな手で口を塞がれた。
驚き見つめた蒼牙の顔は赤くて、困ったように笑っていた。
「ストップ。あんまり俺をつけあがらせないで下さい。これでもけっこう我慢してるんですから。」
口を抑えていた手がゆっくりと外される。
そのままそっと頬に触れた手が暖かくて、その温もりを感じるように目を瞑った。
この手を失うことは堪えられない。
一生側にいて欲しいなんて、そんなことは無理かもしれないけど。
それでも願わずにはいられない。
「·····愛してるよ、蒼牙。」
「!!」
自然と口を吐いて出た告白に、蒼牙の身体が一瞬固まったのが分かった。
レストランの時とは違う···言わされたのではなく、想いが溢れるように出た言葉。
ゆっくりと瞳を開けば、真っ赤に顔を染めた蒼牙が俺を見つめていて。
「変な顔になってるぞ。」
まるで初めて聞いたかのように照れている表情が可笑しくて、つい笑ってしまう。
ほんと、可愛いヤツ。
レストランではあんなに余裕で返してきたというのに、こうやって向かい合って愛を囁けば照れて見せたりする。
「··そういう不意打ち、ほんと勘弁してください。」
頬に触れていた手を離し自分の顔を隠すその様子が愛しくてクスクスと笑った。
こんな風にいつまでもコイツといられれば良い。
俺達の間には何も残せないが、こうして過ごせることが何よりも大切で愛しい時間だから。
「···早く帰りたいな。」
「·········」
流れる車窓を見つめながらボソッと呟く。
帰って蒼牙の温もりを感じたい···そう思ったー。
「ンアッ、は、蒼牙···」
耳を食みながらネクタイをほどかれる。
鍵を開いて入った玄関先で、また扉に押し付けられた。
さんざん吸われ触れ合わせた唇はジンジンと痺れ、濡れた蒼牙の唇が触れる場所から熱が広がっていく。
シュル···と抜かれたネクタイが音をたてて落とされ、ボタンに指が掛けられる。
チュッ、チュク···と蒼牙がキスをする音が直接耳に響き、思わず首を竦めるとクスッと笑う声が聞こえた。
「相変わらず耳が弱いね···」
言われた言葉に顔が熱くなるのが分かる。
「うるさい。そんなことより、中に··ンッ!」
嬉しそうに笑う蒼牙をキッと睨みつけながら中に入れろと文句を言おうとしたが、また唇を塞がれてしまい最後まで言うことができない。
チュッ··チュク、クチュ···
「ハッ···駄目、戻ったらすぐに抱くって言っただろ。ベッドまで待てない····」
「ンァッ!」
囁きながら俺自身に手を伸ばし、ユルユルと撫でてくる。
いつの間にか外されていたワイシャツのボタンからも手を差し込まれ、敏感に反応している乳首を指で挟まれた。
「アッ、そ、んな···我が儘を··フッ···ンッ、」
首筋に顔を埋めてくる蒼牙の頭を掻き抱く。
濡れた舌が喉を舐め、チュッと吸われる。
全身が熱い。
こんな場所でこんなこと···恥ずかしい。
だけど···こんなにも余裕を無くしている蒼牙が愛しくて。
「ん、我が儘だけど今すぐ触れたい。···大丈夫、最後まではしないから。」
顎にキスをしながら囁かれ笑ってしまう。
どんな我が儘も蒼牙に言われると嬉しいと感じてしまうのだから···
蒼牙の後頭部に手を伸ばし、束ねている髪に指をかけた。
クイッと引っ張れば、するりとほどける髪。
「······悠」
いつからかセックスの合図になったその仕草に、艶然と蒼牙が微笑んだー。
ともだちにシェアしよう!