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兄として、友人として

side 蒼牙 「帰りました。」 「おかえり。思ったより早かったな。」 リビングの扉を開けて挨拶をすればこうして出迎えてくれる悠さんに心がホッとする。 風呂上がりらしくまだ髪が濡れていて、シャンプーと石鹸の香りが鼻を擽った。 「内藤くんが思った以上に面倒くさくなったので、置いて帰ってきました。」 ソファに座りながらそう言うと「面倒くさいって···ひどいな。」とクスクスと笑われた。 そのままキッチンに入り冷蔵庫からお茶を取り出すと、悠さんは隣に座り込んだ。 「ん、お前も飲むだろ。」 コップにお茶を注ぎ入れ俺に手渡してくれるのにお礼を言って受けとると一気に飲み干した。 冷たいお茶が喉を潤し、フゥッと一息吐く。 「内藤くん、どうかしたのか?」 隣でお茶を飲んでいた悠さんが視線を寄越しながら聞いてくるのに思わず苦笑してしまう。 「まぁ、どうかしたというか···先週末、ナオが店に来たでしょう。」 「···ああ。」 あの日の出来事を思い出したのか、僅かに顔を染める悠さんに笑いかける。 「あの日、オーダーを取りにいった時に一目惚れしたらしくて。ナオのことを色々話したら妙にテンション上がっちゃって、煩かったんで放置してきました。」 「ナオちゃんに、内藤くんが?」 少し目を見開き驚いた様子の悠さんは、そのあとすぐに「ナオちゃん可愛かったからな。」と納得する。 「···好みですか?ナオのこと。」 「そうだな、お前がいなかったら惚れてたかもな。」 少しの嫉妬を込めて尋ねると、ニッと笑いながら答えられた。 冗談のようにも本気のようにもとれるその表情を見つめ返すが、余裕そうに微笑むその顔は読み取れない。 「····その表情、読めません。」 「そうか?ま、どっちでも良いだろ。それで内藤くんにナオちゃんのこと紹介してやるのか?」 「そうですね···ナオに確認してから連絡先を教えます。」 「そっか···内藤くんいいこだし、上手くいくと良いな。」 「んー···ちょっと複雑ですけど。」 友人と妹が付き合うことになれば必然的に色々と巻き込まれる気がする。 それに···俺がのろけて見せるように、内藤くんから妹とのあれやこれやを聞かされるかもしれない。 そんなことを考えながら暖かい身体に腕を伸ばし抱き寄せる。 風呂上がりの清潔な香りと悠さん自身の香りが胸をざわめかせるが、それを悟られないように髪にソッとキスを落とした。 濡れた髪はいつもより艶やかに光り悠さんの色っぽさを増している。 このまま押し倒したいけどそれは嫌がるだろうな···と思いつつそれでも身体を離すことができずにいると、悠さんが俺を見上げるようにして振り向いた。 「お前、本当は嬉しいんだろ。」 「、そんなことはないですよ?可愛い妹ですし、内藤くんにはもったいないくらいです。」 一瞬返事に遅れが生じてしまい、それに気づいた悠さんにクスクスと笑われ思わず苦笑してしまう。 昔からナオとは仲が良く、独り暮らしを始めてからもたまに連絡を取り合っていた。 ナオに彼氏がいたことはあったし、別にこうして紹介を頼まれることも初めてではない。 でも俺がナオのことを相手に教えたのは実は初めてだったりする。 「内藤くんバカだから。これからのこと考えたら頭痛いですよ。」 「なんだかんだ言って好きなくせに。」 可笑しそうに笑いながらそう言うと、悠さんは俺の腕の中から抜け出し立ち上がった。 離れていく温もりに寂しさを感じていると振り返って口を開く。 「なあ、一つ聞いてもいいか?」 「何ですか?」 「···ナオちゃんはお前や蓮華さんと同じなのか?」 真剣な表情で尋ねるとそのままジッと見つめてくる。 『何が』なんて確認しなくても悠さんが聞きたいことは分かる。 「違いますよ。ナオは総一郎さん···父親に似たんで、俺とは違います。」 「···そっか。悪い、変なこと聞いて。」 「いえ、大丈夫ですよ。」 申し訳なさそうに謝る様子に微笑みかけると、安心したように洗面室に向かっていく。 その後ろ姿を見送りスマホを手に取ると、ナオの連絡先を表示する。 悠さんは『吸血鬼』という非現実的な事実を受け入れてくれた。 それは誰もができることではないと思う。 ナオは俺達とは違い人間だけど半分は母親の吸血鬼の血を引いているわけで。 将来結婚して子供が生まれたときに、その子が人間であるとは限らない。 リスクというと悪いことのように聞こえるが、それでもその事実を受け入れ、夫となる人物に伝えないとならない。 もし内藤くんと付き合うことになれば、いずれは話す時が来るだろう。 ···それで逃げるような男ならナオには相応しくないよ、内藤くん。 そこまで考えて、まだ付き合ってもない二人の将来を心配していることにフッと笑いが溢れた。 『本当は嬉しいんだろ』 悠さんの言葉が頭の中で何度も繰り返される。 言い当てられて恥ずかしい気もするが、事実喜んでいる自分がいるのは確かだ。 「二人とも頑張れよ。」 呟きとともにメールを送信し、机の上にスマホを置く。 ···そういえば、俺が悠さんに自分のことを話したときにはすごく勇気がいったな。 本当のことを伝えようと心に決め、寒い道のりを歩いた。 あの人を失うかもしれない恐怖に柄にもなく手が震えて。 それでも受け入れて欲しくて···逃げないで、恐れないでと何度も心の中で叫んだ。 祈るような気持ちで話していったあの日、悠さんの優しさと強さを知り···そして全てを受け入れてくれた悠さんに抱き締められ、泣いた。 やば···無性に抱き締めたくなってきた。 ソファに深く座りため息を吐く。 耳をすませば洗面室からドライヤーの音が響いていて、濡れた髪を乾かしている悠さんの姿を思い描いた。 すぐに戻ってくると分かってはいるけど、なんだか堪らなくなって···俺は立ち上がると洗面室へと向かったー。

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