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恋人として
side 悠
帰ってきた蒼牙から内藤くんとナオちゃんのことを聞き、応援したい気持ちと心配する気持ちが混在した。
ナオちゃんは人間だと知りホッとした自分がいて、そのことに嫌気がした。
それは吸血鬼である蒼牙を否定したようで自分の愚かさに苦笑してしまう。
『大丈夫ですよ』と微笑んでくれた蒼牙に安心したが、思い返すと気分が落ちる。
ドライヤーを止め片付けながら、ついため息が出た。
「ダメだな···俺は」
「とうしてですか?」
「···っ、蒼牙」
項垂れながらボソッと呟いた言葉に蒼牙の声が重なる。と同時に後ろからフワリと抱き締められ、思わぬ温もりに動揺してしまった。
「悠さん···」
耳元で囁く蒼牙の声にゾクリとしたものが背筋を這い上がる。甘えるように回された腕が肩と腰に絡まり、擦り寄せてきた唇が軽く頬を掠めた。
「どうした?急に。」
抱き締めてくる腕に手を添え、鏡越しに蒼牙を見つめる。
こうして甘えてくる姿が愛しくて···いつもなら頭を撫でるが、今はさっき感じた罪悪感が邪魔をして手を伸ばすことが躊躇われた。
代わりに握った手に力を込めると、蒼牙も抱き締める力を強めた。
「ごめんなさい···ちょっとだけ、こうさせて下さい。」
首筋に顔を埋めながらそう言うと蒼牙はそのまま黙ってしまう。
セックスをするときのような思わせ振りな抱き締め方ではなく、まるで俺の存在を確かめるかのような抱擁。
蒼牙の身体から伝わる熱が心地好くてソッと目を閉じた。
「暖かくて気持ちいいな···」
小さく呟くと「···俺もです。」と肩口から声が聞こえた。
もしかしたら蒼牙は気にしていないかもしれない···だけど、どうしても謝りたい。
自分勝手な考えだけど、そんな思いに突き動かされた。
「···ごめん、蒼牙」
「何がですか?」
優しく穏やかな声が耳を擽る。身体を離そうとしないことに安堵しつつ、俺は言葉を続けた。
「さっきナオちゃんが人間だと知って···俺、ホッとした。吸血鬼じゃないんだって··安心した。」
「··········」
「···だけど、そう考えた途端に自分が嫌になった。」
「··········」
「····蒼牙?」
何も言わない蒼牙にだんだん不安になってくる。
閉じていた目を開き身体を捩って名前を呼ぶと、僅かに身体を離した蒼牙と目が合った。
呆れているようにも困っているようにも見えるその表情に、居たたまれない思いが沸き上がる。
つい視線を反らし蒼牙の胸元をギュッと握ると、その手が大きな手に包まれた。
「········悠さんって実はバカでしょ。」
「何でだよ···ッ、」
暫く俺の顔を見つめた後そう呟くのに、咄嗟に顔を上げそして言葉が詰まった。
蒼牙は穏やかに微笑んでいて、俺の手を掴んで持ち上げるとそのまま指先にキスを落とした。
「な、に···」
触れた唇の柔らかさが伝わってきて顔が熱くなるのが分かった。
「あのね、安心するのなんか当たり前でしょ。『吸血鬼』なんて非現実的なことを話すのにどれだけ勇気がいるか分かりますか?」
「·····それは、」
「受け入れてもらえないかもしれないって恐怖に怯えなくて済むのなら、それにこしたことは無いんです。ましてナオは女の子なんだし、自分の秘密を話すのは怖いに決まってます。」
「蒼牙···」
「ナオが人間で良かったって、そんなこと俺だって思ってますよ。だから悠さんがそう思うのは当たり前なんです。罪悪感なんか感じる必要は全く無い。···悠さんは俺を受け入れてくれたじゃないですか。あのとき俺がどれだけ嬉しかったか、どれだけ今が幸せか、言葉でなんか言い表せない。···全部貴方のおかげなんです。」
真剣に話す蒼牙の声が俺の心に響く。
油断したら涙が出そうなほどの想いが伝わってくる。
「···それでも、ナオは半分は母親の血を引いています。いずれ結婚するときには告げないといけないと思いますけど···それはまだ先の話で、今心配することではないでしょう?」
「····そうだな。」
ジッと蒼牙の瞳を見つめた。
穏やかな蒼は俺の心を落ち着かせてくれる。
優しい声が罪悪感を消してくれ、ソッと頬に触れる大きな手に安心できる。
「ありがとう、蒼牙···」
目の前の優しい男が愛しくて、少し高い位置にある唇にゆっくりと口付けた。
チュ···と触れるだけのキスは心を掻き立てる。
蒼牙の身体に腕を回して抱き締めると、同じように抱き締め返してくれるのが心地好い。
大きく息を吐き温もりを感じていると、困ったような笑い声が耳に届いた。
「謝るのなら、こんなに可愛いことをしておいて、おあずけにすることに謝って下さい。」
「なっ、それは···!」
クスクス笑う声に顔が赤くなる。
先週末のことがあって気持ちが昂っていたのもあり、休みの間何度も身体を重ねた。
別に嫌なわけではないが、今日までセックスに持ち込まれると流石に身体がキツい。
蒼牙もそれが分かっているのであろうセリフに「う···ごめん。」と小さく謝った。
「いいですよ。別に身体を繋げるだけが目的じゃないですから。」
こめかみに軽くキスを落としながらそんなことを言われ顔を上げられない。
今蒼牙の顔を見たら、俺の方から誘ってしまいそうだ。
「····なぁ、蒼牙」
「なんですか?」
この流れでこんなことを言うのはどうかとも思うが···『俺を受け入れてくれた』と言われて嬉しかったから。
だから···
「吸ってくれ」
「·········」
身体を僅かに離し、無言になってしまった蒼牙の頬を撫でる。
その表情は驚いていて···だけど嬉しそうで。
穏やかだった瞳が熱く揺らめくのを見て胸が締め付けられる。
「···お前を感じたい。」
そう言って微笑んで見せると、顎を上げ首筋をさらした。
「悠さん···」
「·····ん、」
甘い声で名前を呼びながらゆっくりと首筋に顔を埋める蒼牙の頭に手を添える。
熱の籠った吐息と濡れた唇の感触が触れ、ゾクゾクと背筋に甘い痺れが走った。
「ッ、蒼牙···!」
続いて訪れた痛みに一瞬眉が寄るがそれはすぐさま快感に変わっていって。
セックスにも似た興奮が沸き上がり、蒼牙の頭を押さえつけて息を飲んだ。
身体を支えるために回された力強い腕が、まるで離さないと言っているようで···
お前の感情も我が儘も、そして欲望も。
全て俺のものだ。
俺だけに向けて欲しい。
「愛してる···悠」
薄れ行く意識の中、耳に囁かれる言葉と感じる温もりに心も身体も満たされていく。
だけど··もっと···
自分の果てしない独占欲に呆れつつ、俺は意識を手放していったー。
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