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不自由さを理由に(リク作品)
side 蒼牙
「危ない!!」
「キャー‼」
「人が落ちたぞ!救急車!早く呼んで!」
ボーッとする意識の中で、周りの声がやけに大きく感じられて。
「蒼牙!大丈夫か!?蒼牙···!」
内藤くんの声をすぐ側で聞きながら、俺はそこで意識を失ったー。
「····から、はい。···はい、ありがとうございます。」
悠さんの声がする。
開いた目に最初に映ったのは白い天井と引かれたカーテン。
ゆっくりと視線をずらせば···スーツ姿の背中。
「はる、か··さん?」
「!!!···気が付いたみたいです。··はい、じゃあ失礼します。また後で連絡しますね。」
ピッと電話を切り、悠さんが俺に視線を向ける。
その表情を見たとたん···俺は胸が苦しくなった。
「気が付いたか、蒼牙····良かった。本当に···良かった···」
俺の手を取り自分の額に当てると、悠さんは俯いてしまった。僅かにその肩が震えている。
「····ごめんなさい、悠さん。心配かけて···」
握られた手をキュッと握り返し、悠さんに触れようと反対の手を伸ばした。
「いッ!」
途端に伸ばそうとした左手にズキッと痛みが走り小さく声が洩れた。
見れば左手は包帯が巻かれていて。
「大丈夫か?手はかなり捻ってるらしいから···痛いだろ。それに、頭も···」
「····ほんとだ。なんか、頭にも巻かれてる··」
「お前覚えてるか?階段から落ちたの···」
「·····はい。」
返事をしてから、瞳を閉じて起きたことを思い出していった。
そうだ···
今日は休日で内藤くんと一緒に出掛けていた。
地下鉄の階段を登りきったところで、前を歩いていたおじいさんが転んで···
咄嗟に支えたのは良いけどバランスを崩して俺も転んでしまった。
「それで···おじいさんは?怪我はなかったですか?」
「大丈夫だよ。お前、ちゃんと自分の身体で守ってあげたらしいから···大きな怪我はなかった。さっき挨拶して帰られたよ。『明日また挨拶に来ます』って。」
微笑みながら「偉かったな。」と頭を撫でてくれる悠さんに、俺も笑いかけた。
「良かったです。···これで俺も怪我してなかったら、もっとかっこ良かったんですけど。」
「そんなヒーローみたいなヤツいないよ。それより···」
悠さんは椅子から立ち上がりベッドの端に移動すると、俺に覆い被さるようにして抱き締めてくれた。
「良かった、意識が戻って····心配した···」
「はい···」
無事な右手で悠さんの背中を抱き締め返す。
回した腕にギュッと力を込めると悠さんは小さな声で呟いた。
「あんまり···無茶はしないでくれ···」
「はい···ごめんなさい。」
顔をずらして耳に口付けると、僅かに身体を起こして見つめてくる。
「····蒼牙、ん··」
唇が触れる直前に名前を呼ぶ悠さんの声が少し震えていて、胸が締め付けられた。
チュッ··チュ····
触れては離れ、また降りてくるキス。
確かめるように俺を見つめる悠さんの顔はどこか切なくて。
笑ってほしい···
そんな思いを込めて抱き締めていた手を頬に回し微笑んで見せると、悠さんもフワリと笑ってまた口付けてくれた。
「ンッ···ここまでな。」
チュッ···と音を響かせて離れていく唇。
もっと悠さんを感じたくてキスを深くしようとしたが、照れたように離れてしまった。
「····足りないです。」
名残惜しくてそう言うと、困ったように笑いながら頬を撫でられた。
「ここは病室で、お前は怪我人。」
「そうですけど···」
「それに、もう戻ってくるから。」
「···誰がですか?」
そう言ったところで、勢いよくカーテンが開いた。
「悠さん、蒼牙はどうですか···って、起きてる!」
あ···内藤くんのこと忘れてた。
片手にコンビニの袋を持っているところを見ると、買い出しに行ってくれていたのだろう。
「大丈夫か?蒼牙。俺のこと分かるか?」
「············誰?」
「!!?まじか!」
「からかうな、蒼牙。ありがとう内藤くん。わざわざ悪かったね。」
呆れたように俺を小突き、悠さんは内藤くんから袋を受けとる。
「ごめんなさい。」と謝る俺に微笑むと「蓮華さんに電話してくる。内藤くん、座ってて。」と病室を出て行ってしまった。
「良かったな~、蒼牙。ちゃんと目が覚めて。めっちゃ心配したんだからな。」
ホッとしたようにそう言うと、内藤くんはイスに座った。
あの時側にいてくれたのは内藤くんだから、悠さんに連絡やその他の手続きもしてくれたのだろう。
「うん、ありがとうね。色々お世話になりました。」
「いいって、気にすんな。それよりもケガは?大丈夫か?」
「大丈夫。···今何時?帰るようにしないと···」
そう言って起き上がろうとすると、内藤くんが慌てて俺の肩を押さえた。
「起きるなって。それに、お前今日は入院だぞ?」
「えっ!?」
そんなこと聞いていない。
まさか入院するとは思ってなかった。
「頭打ってるからな。一応、念のためだって。」
「マジで?大丈夫だから帰れるように言ってこようかな···」
意識もハッキリしている。
なによりこのくらいの怪我、俺ならすぐに治る。
「ダメだって!悠さんすっげー心配してたんだから、ちゃんと入院して安心させてやれよ。」
「え····」
思わず内藤くんの顔を見ると、困ったように笑っていた。
「連絡したらすぐに駆け付けてきてさ。ずーっとお前の側で見守ってたよ。青ざめてて、泣きそうな顔して。俺には『大丈夫だから』って言ってたけど、本当はすごく不安だったんだと思う。···だからさ、今日は大人しくして安心させてあげろ。な?」
内藤くんの言葉に起こそうとしていた身体をベッドに戻した。
さっきの悠さんの様子を思い出す。
『良かった』
そう言って身体を震わせていた。
キスしてくれた時も俺のことを切なげに見つめていた···
「····わかった。ありがとう、内藤くん。」
「よし。じゃあ、俺は帰るよ。仕事のことは気にせずにちゃんと治せよ。悠さんによろしくな!」
ニカッと笑い明るい声でそう告げると、内藤くんは病室を出ていった。
ああやって悠さんのことも明るく励ましてくれていたのだろう。
いつも助けてもらってばかりだし、今度ちゃんとお礼をしないとな···。
そんなことを思いながら内藤くんが出ていった方を眺めた。
···だけど、ちゃんとカーテンは引いて帰ってほしかったよ、内藤くん。
開きっぱなしのカーテンに苦笑しつつ、俺はゆっくりと身体を起こした。
頭と手は負傷したけど、他は大丈夫みたいだ。
痛みのない身体にほっとして、明日の朝には帰らせてもらおうと算段をする。
それにしても、入院か···
仕方ないとはいえ今日は悠さんを一人で帰らせることになってしまうな。
不安な思いをさせた上に、寂しい思いまでさせてしまうのか···
あのマンションで一人で過ごす寂しさを知っているだけに、俺は深いため息を吐いたー。
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