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不自由さを理由に3

昨日、病院を出てからの俺はそれはもう酷かった。 凄まじい羞恥心と後悔と···そして満足感。 相反する気持ちに百面相する自分を蒼牙に見られなくて良かった··· それでも部屋に帰り感じたのは寂しさで。 このマンションで一人の夜を過ごすのは初めてだった。俺が出張で留守の時、蒼牙もこんな風に寂しく感じてくれていたのだろうか。 ソファで眠っていたのが可愛くて笑ってしまったが、自分が一人で過ごしてみて初めてその気持ちが分かったような気がする。 こんなにもこの部屋は静かで広かっただろうか··· ベッドは寒かっただろうか··· 感じられない温もりに布団の中で身体を丸めて耐えた。 眠ったような、そうでないような···そんな朝を迎え、病院に行く準備を進めマンションを出る。 帰ってくる時には蒼牙が一緒だと思うと、それだけで足取りが軽く感じられた。 「悠さん、顔真っ赤です。」 クスクスと笑う蒼牙をキッと睨む。 俺の目の前で着替え始めた蒼牙の首筋には、昨日つけたキスマークが浮かんでいて。 何が『お守り』だ。 戻せるものなら時間を戻して、昨日の俺を殴ってやりたくなった。 「そんなに恥ずかしがらなくても、俺は嬉しいですけどね。悠さんが嫉妬してくれて。」 「うるさい。昨日は色々あって感情が制御できなかったんだよ···とにかく、忘れてくれ。」 椅子に座って頭を抱える。 この後ナースステーションに挨拶に行くのが怖い。 いっそ蒼牙一人で行ってこいと言おうか···ああ、でも今後の怪我の治療についても聞きたいし···· 「忘れろって、また無茶言いますね。···はい、出来ました。それじゃあ、行きましょうか?」 笑いを抑えた声でそう言うのに顔を上げた。 まだ頭の包帯も取れていなくて見た目は昨日と何も変わっていないが、その表情は明るい。 「ん、」 よし、恥は一時だ。 うだうだ考えていないでさっさと手続きして帰ろう。 そう覚悟を決め俺も立ち上がった。 「蒼牙···笑いたいのなら声を出して笑え。」 病院のエレベーターの前、隣で肩を震わせながらエレベーターの到着を待つ蒼牙にボソッと呟いた。 「い、良いんですか···?クッ、フッ、アハハハハハ!!」 「お前、··ちょっとは遠慮しろ!」 途端に大きな声で笑い出され思わずムッとしてしまい、ヒーヒーと腹を抱えて笑う蒼牙の脇腹を殴った。 「だ、だって··!アハハハハハ!」 「笑えとは言ったが、それほど笑うな!周りの迷惑だ!」 「ご、ごめんなさい。でも···フッ、クク···!ダメだ、お腹痛い···アハハハ!!」 涙を浮かべて笑う蒼牙を睨み俺は羞恥に耐えた。 「くそっ、覚えてろよ。」 到着したエレベーターに先に乗り込み、1階のボタンを押す。 続いて乗り込んだ蒼牙はまだ肩を震わせながら笑っていて、真っ赤に染まった顔を背けて俺は黙り込んだ。 数分前。 ナースステーションで蒼牙の手当ての仕方や今後の受診の説明を一通り受けた。 何となく···いや、確実に注がれる視線には気付かない振りをした。 そうして挨拶をして帰ろうとした俺たちに、看護師の一人が恥ずかしそうに声を掛けてきた。 「あの、昨日はすみませんでした···えっと、とてもお似合いだと思います!」 「···········」 「ありがとうございます。」 フリーズして黙ってしまった俺とは反対に、ニコニコと笑顔でお礼を言う蒼牙。 「凄かったものね···あんなに堂々とイチャつかれて、そんな痕まで見せつけられて···いっそ清々しいわ。」 近くにいたもう一人の看護師が感心したような呆れたような声で言いながら、蒼牙の首筋を指差す。 「いつもの悠さんなら、あんなことしませんけどね。」 「な、蒼牙!」 「そうなの?もしかして妬いちゃったのかしら。おかげで昨日の夜のナースステーション、盛り上がって大変だったんだから。」 「ほんと、見回りに誰が行くかってジャンケンまで始まってましたものね。」 楽しそうに話す女性達の会話に「そうだったんですか?」と平然と加わっている蒼牙。 気のせいでなければキャーと小さな悲鳴も奥から聞こえてきていて。 「し、失礼します!」 ダメだ、これ以上ここにいたら恥ずかしくて死ぬ! まだ話を続けようとする彼女たちから逃げるように、俺はその場を離れた。 「え、悠さん!待って下さい!」 「あら、行っちゃった。お幸せにね~!」 「はい、お世話になりました。失礼します。」 背後で交わされるやり取りが嫌でも聞こえてくる。急ぎ足でエレベーターに向かいボタンを押すと、1階に止まっていた表示が動き出した。 ···頼む、早く到着してくれ。 追い付いた蒼牙が俺の横に立ったのをチラリと見ると、それはそれは上機嫌で。 笑いを堪えているのか肩を震わせているのが分かった。 「帰りました。」 「ん、おかえり。」 玄関で靴を脱ぎながら挨拶をする蒼牙に、俺も笑顔で迎えた。 たった一晩いなかっただけだと言うのに、まるで違う場所のように感じられたマンション。 それだけ俺の中で蒼牙の存在が大きいのだと感じる一日だった。 「座ってろ。今コーヒー淹れるから。」 ソファを指差しそう伝えると蒼牙がその手を掴んだ。 「その前に···」 「うわっ、ンッ···」 グイッと引っ張られバランスを崩した俺を蒼牙の広い胸が支える。 そのまま顎を指で持ち上げられ、驚く間もなく柔らかい唇が重なってきた。 「フッ、ん···蒼牙···」 チュッ、チュクッ··· 逃げないように腰に回されていた手が優しく背中を撫でる。 途端にゾクリとしたものが駆け上がり、キュッと蒼牙の胸元を握った。 「ん···やっと、俺からキスできました··」 「なんだよ、それ···」 鼻先が触れあう距離で囁かれる。 そう言えば昨日は俺から仕掛けたキスだけだったかもしれない···言われて初めてそのことに気付き、可笑しくてクスクスと笑った。 「笑ってますけど、けっこう切実だったんですからね。悠さんメチャクチャ可愛いことするくせに俺から触ろうとしたら止めるし···キスマークだって自分だけ付けるし···」 「···ん···フッ、」 チュッ··· 文句を言いながらまた重なる唇。 暖かくて···気持ちいい··· 昨日感じた寂しさを埋めるかのように、俺は蒼牙からのキスに酔いしれていったー。

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