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不自由さを理由に4

side 蒼牙 昨日から我慢していたキス。 味わうようにゆっくりと重ねた唇の柔らかさに、押さえ付けていた欲が沸き上がってくる。 まだ陽は高く、帰ってきてゆっくりもしていないけど···このままベッドに誘っても良いだろうか。 「フッ、そ、が···ンッ、」 キスの合間に名前を呼ぶのが堪らなく愛しい。 明らかに欲を煽る口付けを繰り返していく。そうすれば胸元に添えられていた手が口付けが激しさを増していくのにあわせて俺の首に回されていった。 そうして暖かい手が頬に触れ、そのまま後頭部に回されたその時··· 「あ···ッ!」 絡めていた舌先が急に離れ、小さな声と共に甘い唇も離れてしまった。 「···悠さん?」 突然どうしたのかと不思議に思い名前を呼ぶと、悠さんは困ったように笑った。 「···悪い。お前が怪我してること、忘れるところだった···」 そう言って頭に巻かれた包帯をソッと撫でられた。 見つめてくる瞳は熱く···『大丈夫か?』と語っている。 「そんなこと···大丈夫ですよ。」 フッと笑ってもう一度口付けようとすると「ダメだ。」と押し返された。 「言っただろ。お前は怪我人なんだから大人しくしてろ。」 「·····ちょっと待って下さい。その理屈、いつまで続くんですか?」 昨日は病院だからダメなんだと思ったけど、マンションに帰ってきた今も同じことを言われるって··· まさかとは思うけど。 「蒼牙の怪我が治るまでに決まってるだろ。」 「······!」 やっぱり! キスで昂りかけていた熱が一気に引いていく。 「え、なんで?だってもう平気ですよ?」 怪我が治るまで悠さんに触れるなってこと? そんなの拷問に近い。 「ダメだ。だってお前···」 「『だって』何ですか?」 そこまで言って口ごもる悠さんに首を傾げると、少し顔を染めつつ口を開いた。 「お前···始めると激しいだろうが···あんなの、治りかけてもまた悪化したらどうするんだよ···」 「ッ!だって、それは悠さんがエロいから!」 「俺のせいにするな!だいたいエロいってなんだ、馬鹿が!」 「自覚ないんですか?メチャクチャエロいのに···そんなことより、治るまでなんて無理です!」 「無理とか言うな、ちょっとは我慢しろ!」 「無理です!」 「無理じゃない!いいか、怪我が治るまで触るなよ!」 「無理です!!」 それから暫くギャーギャーと問答が続いたが、結局俺が悠さんに敵うはずもなく。 「·············意地で治してやります。」 「·················」 ソファに座り、淹れてくれたコーヒーを飲みながら不貞腐れてボソリと呟く。 それには何も返さず悠さんはクスクスと笑っていた。 夕食は利き手を使えない俺のためにカレーを作ってくれることになり、キッチンからは玉ねぎを炒める良い香りがしてくる。 『カレーならスプーンだから食べやすいだろ?』と笑った顔。 キッチンで料理をしてくれている姿。 カウンターに肘をつき悠さんの動きを目で追いながらため息が出た。 ····拷問だ。 目の前で愛しい人が自分の為に料理をしてくれているというのに『触るな』と言う。 別にセックスだけがしたくて一緒にいる訳ではないけど、昨日からあんなに可愛いことをしておいて『おあずけ』って··· 「···蒼牙、テレビでも見てろ。」 悠さんが苦笑しながら俺を見る。 「テレビより悠さんが料理してくれてるとこ見たいです。」 カウンターに顎を乗せダラダラと見つめる。 オフ日で下ろしている髪。 悠さんが動く度にサラサラと揺れていて···頬に掛かる様が何とも色っぽい。 「変なヤツだな。珍しくもないだろうに。」 別に良いけど···と呟き、カレーの味付けを始めたその耳が少し赤い。 「···すごく良い匂いがします。お腹すきました。」 「もう出来るから、スプーン持って待ってろ。」 そう言って笑う悠さんに、また『触れたい』と思ってしまうのはどうしようもない。 ダメだと言われたらもっと触れたくなるらしい···そんなことを考えながら食器の準備をしていった。 「もう少しで治るな。」 洗面室で包帯を外し頭の傷を鏡で確認してみる。 包帯のせいで大袈裟に見えたが、実際の怪我は大したことがなかったのだろう。そこはすでに新たな皮膚ができていて、痛みもない。これなら明日一日あればもう大丈夫だろう。 それよりも問題は手の方だ。 ····思ったよりも腫れてるな。 左手首から手の甲にかけてまだ腫れが残っているようで、動かせば少し痛い。 これ、普通なら骨折だったんだろうな···人よりも丈夫な身体で良かった。 使いづらい左手を庇いながらなんとか衣服を脱ぎ湯船に浸かる。身体に染み付いていた病院の匂いが流れていくようで気持ちいい。 「フゥ·····」 ゆっくりと身体を解せば感じていた欲も和らぐようで、大きく息を吐いて身体を落ち着かせていった。 ···あまり長湯をしていると悠さんが心配するかもしれないな。 そう考えて湯船から出て椅子に座り、さっさと洗って上がろうとシャワーを捻った。 すると温かいお湯が流れる音に混じって、悠さんの声が聞こえてきた。 「蒼牙、開けるぞ。」 扉の向こうから声を掛けられる···と同時に扉が開き、驚いて顔を上げた。 そこにはズボンの裾を折り腕捲りをしている悠さんが立っていて。 「どうかしたんですか?」 「······左手、使えないだろ。手伝いにきた。」 「え、いや大丈夫ですよ?右手があるし···」 「いいから。ほら、そっちに詰めろ。俺も入るから。」 まさかのことに遠慮するのも聞かず、悠さんは浴室に入ってくると扉を閉めてしまった。 どうやら本当に洗ってくれるつもりらしい。 「だいたい、右手だけでどうやって腕や背中を洗うんだ。」 「まぁそうですけど···何とかなるかなって。」 「ならないだろ。」 俺の背後に回りクスクス笑いながらタオルを泡立てる。 何となく恥ずかしいのは、俺だけが素っ裸だからだろうか···風呂だから仕方ないけれど。 もうこうなったら大人しく洗われるしかないかと、項垂れて待った。 「·············」 「·············」 悠さんの手が肩にかかり、そのまま背中を洗ってくれる。 お互い何となく無言のまま···ゴシゴシと洗う音だけが浴室に響いた。 「腕、上げろ·····」 「はい。···········悠さん?」 言われた通り右腕を上げる。 けれども悠さんが洗おうとする気配はなく、不思議に思い振り返った。 「どうかしましたか?」 「····良かった。本当に早く治るんだな。」 そう言った悠さんの視線は俺の頭の傷に注がれている。 安心したのかその表情は嬉しそうで。 「はい、頭はもうほとんど。手はもう少しかかりそうですけどね。」 微笑みながら左手を見せると悠さんがソッと触れてきた。暖かく、優しい手が癒すように手首を撫でてくれるから···思わず握り返したくなってしまう。 「····蒼牙が吸血鬼で良かった。」 「俺もさっきそう思いました。」 ボソッと呟かれた言葉。 同じことを思ったのが可笑しくてフッと笑ったその瞬間、 チュッ····· 額に柔らかい感触が触れ、続いて身体が悠さんの香りに包まれた。

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