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ハロウィンですから2

side 悠 休日まで働く俺を誰か褒めてほしい。 そんな思いでデスクに向かいコーヒーに手を伸ばしていると、机に置いておいたスマホが着信を告げた。 確認すればそれはナオちゃんからで、珍しいなと思いながら画面をタップした。 数分後、会話を終わらせると急いで仕事を片付けマンションへと帰った。 『今日、蒼牙と隼人くんの職場でハロウィンパーティーみたいなことしてるそうなんです。せっかくだから悠さんも一緒に行きませんか?』 思ってもみなかった誘いに最初は戸惑ったが『仮装してるらしいです』という言葉に好奇心の方が勝った。 蒼牙が仮装···ハロウィンの仮装といえば色々あるが、まさか吸血鬼とかじゃないだろうな。 もしそうだったらある意味すごいな。 そうして待ち合わせたナオちゃんと蒼牙達のレストランに入った。 「すみません、秋山くんもお願いできますか?」 席に案内してくれたミイラ男に声をかける。 『秋山くん』なんて、久しぶりに呼んだな。 付き合い始めの頃以来だから···なんてことを考えていると、急に店内がざわめいた。 「うわぁ···隼人くん可愛い!」 顔を上げれば向こうから大きな耳としっぽを着けた内藤くんが嬉しそうに歩いてきていた。 ···なるほど、確かに可愛い。 店内の女の子達が喜ぶのも分かるな。 「いらっしゃい、ナオちゃん、悠さん。」 満面の笑顔でそう言う内藤くん。ナオちゃんと話しながらニコニコと笑う様子は、狼男というよりもワンコのようだ。 「隼人くん、よく似合ってるね!すごく可愛い!」 「ありがとう。···う~ん、カッコいいって言われたかったけど、ま、ナオちゃん嬉しそうだからいっか!ナオちゃんもすごく今日の服可愛いね、めっちゃ似合ってる。」 おぉ···ナチュラルに褒めた。 チラリとナオちゃんを見るとはにかんだように笑っていて。 いい雰囲気の二人が微笑ましくてつられてニコニコしてしまう。 「そういえば、蒼牙は?せっかく悠さんも一緒に来てもらったのに···」 そう言ってナオちゃんが内藤くんの後ろを覗くように見る。 「あぁ、蒼牙は今メニュー取りに···」 「キャー‼」 内藤くんが答えている途中で店内が黄色い声に包まれた。 ···何だ、芸能人でも来たのか? 何事かと思い視線を向け、俺は固まった。 「うわぁぁ···」 ナオちゃんも声を上げるが、それは呆れたような声で。 「いらっしゃいませ。来てくれてありがとう、悠さん。」 目の前で丁寧にお辞儀をし微笑む蒼牙に顔が赤らんでいった。 黄色い声はこれか···! ざわざわと騒がしい店内。 視線がこちらに集まっているのが分かる。 まさかとは思っていたが、そのまさかの仮装。 似合ってはいる。それはもう半端なく似合ってる。 けど、これは···· 「くっ、ふっ···!」 思わず口を押さえて笑いを堪えた。 ダメだ···似合いすぎて逆に····! 「·····悠さん、全然我慢できてないですからね。」 メニューをナオちゃんに渡しながら蒼牙が拗ねたように視線を寄越した。 恥ずかしいのだろう、僅かに耳が赤い。 「だって、それ···クッ、ふははははは!!」 我慢しきれずに、俺はとうとう声を出して笑った。 黒いマントに身を包み、髪も初めて見るオールバック。 あまりにも完璧な吸血鬼っぷりに、似合うとか、カッコいいとか、そんなことは全てスッとばかして笑いが込み上げてくる。 「もう、俺だって好きでこんな格好してるわけじゃないですからね!今朝渡されたから着ているんですから!」 子供のように言い訳をするのがなんとも可愛い。 ふと見ればナオちゃんも可笑しそうに笑っていて。 「わ、悪い···だって、あんまりにも『らしく』て。···大丈夫、ちゃんと似合ってるから···あははは!」 「いいです、笑っててください!その代わり、後で覚えててくださいね!」 そう言ってオーダーをとり終った蒼牙はキッチンへと戻っていく。内藤くんが肩をポンッと叩いているのが見えて余計に笑えた。 あんまり笑って(今さらだが)ほんとに拗ねてもいけないしな。 ナオちゃんと「良いもの見れたね。」と話しながら、俺はまだ止まらない笑いを何とか堪えようと大きく息を吐いたー。 「悠さん」 「ん?どうしたの?ナオちゃん。」 「何となく腹が立つのは、私だけでしょうか?」 「ん~····まぁ、面白くはないね。」 「ですよね?」 食事を終えコーヒーを飲みながら答えた。 俺達の視線の先には蒼牙と内藤くんが女性客と写真を撮っていて。 どうやらサービスの一環で記念撮影もあるらしく、さっきからずっと蒼牙達は笑顔で写真を撮られている。 「まぁ、仕方ないよね。あれも今日の仕事なんだろうし。」 肩を竦めてみせる俺に「ですね。分かってはいるんですけど···」と困ったように笑うナオちゃん。 この様子だと二人が付き合うのも時間の問題だろうと嬉しくもあるが、同時に内藤くんの詰めの甘さに少しだけ同情した。 「ナオちゃんも一緒に撮ったら?内藤くんも喜ぶと思うけど。」 「·····う~ん、いいです。あの輪の中に入っていくのも力がいりそうだから。悠さんこそ、蒼牙と撮ってあげましょうか?」 「いやいや、それこそないでしょ。あの中に入る勇気はないよ。」 順番待ちのようになっているその様子に苦笑し、蒼牙を見つめた。 完璧な営業スマイル···あれが本当に作られた笑顔だと分かるから腹も立たない。 女の子が回してくる腕は流石に振り払えないのか、かなり接近してはいるが···蒼牙から肩を抱き寄せたりするようなこともしていない。 大変だよなぁ接客業も···と感心していると「私、少し席を外しますね。」とナオちゃんがレストルームへと行ってしまった。 「狼男くん!ちょっといいかな?」 「はい!何でしょうか?···わっ!」 通りかかった内藤くんを呼び止め手招く。 あまり大きな声で言うようなことでもないか··· そう考えて内藤くんの腕をグッと掴み引き寄せると、俺は耳元に顔を寄せ囁いた。 「························」 「···え、マジで?ありがとうございます、悠さん!」 俺の言葉を聞いた途端、慌ててレストルームの方へと向かう内藤くんに「ちゃんとフォローしろよ!」と声を掛けた。 その言葉に手を上げて応えるのを見て、請求書を手に立ち上がった。 「お客さま、もうお帰りですか?」 レジに向かおうとすると後ろから声を掛けられ振り返る。 そこには綺麗な笑顔でこちらを見る蒼牙がいて。 ····何だ? 少し機嫌が悪い? 丁寧な口調はいつもと同じだが、微笑む顔はどこか違う。 「ああ、ナオちゃんが戻ってきたら帰るよ。蒼牙もお疲れさま。もう少しだから頑張れよ。」 「ありがとうございます。···で、どうして逃げ腰なんですか?」 ニコニコと微笑みながら近づいてくる蒼牙から、少しだけ後ずさってしまう。 それを指摘されても困るんだが···。 「···いや、別に逃げてる訳じゃ···というか、何か怒ってるか?」 「あれ?自覚なしですか?さっきの、俺が妬くには十分な距離でしたけど。」 「はあ?····まさか、さっきの内藤くんのことか?」 まさか、内藤くんに耳打ちしたことを言っているのだろうか。 そんなに妬くようなことか?あれが! 「何だ、分かってるんじゃないですか。」 「や、待て。妬くようなことか?····なに、腕離せよ。」 「無自覚だから困ります。ということで···」 すぐ側まで身体を寄せると、蒼牙はそれはそれは綺麗に微笑んだ。 掴まれた腕と蒼牙の顔を交互に見やる。 近づいてきた顔に思わずギュッと目を瞑ると、耳元で柔らかい声が響いた。 「················」 「····え?」 「キャー‼」と上がる悲鳴とザワザワと煩い店内の中で、蒼牙の言葉だけがやけに鮮明に聞こえたー。 ー『悠さん···Trick or Treat 』ー

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