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ハロウィンですから3

「悠さん···Trick or Treat 」 「·····え?」 囁かれた言葉を確認しようと見つめた蒼牙の顔はどこかイタズラを思い付いた子供のようで。 戸惑っていると掴まれていた腕が自由になり、続いて腰をグッと引き寄せられた。 「!!?」 「お菓子がないのなら仕方ないですよね、イタズラされても。」 ニッコリと微笑むと、蒼牙はそのまま顔を首筋に近づけてくる。 「「キャー‼」」 「ちょっと待て!お前、何して···!」 複数上がる悲鳴に我に返り慌てて蒼牙の顔を押し返す。 その腕から逃れようと身体を捩るが、腰に回された腕はがっちりと抱き締めていて離れることができない。 こいつ、こんなとこで一体何を考えてる!! 「ダメ、逃がさない。お腹すいたから···下さい。」 「·····ッ!」 ····チュッ、 「「キャー!!!」」 押し返していた手を掴み、抱き込む腕に力を入れると蒼牙はゆっくりと首筋にキスを落としてきた。 首筋に掛かる蒼牙の吐息と柔らかい唇の感触にゾクッと背筋に痺れが走る。 周りからは悲鳴とどよめきが上がり、どこからともなくパシャ!カシャ!とシャッター音が響く。 あまりの出来事に、頭では引き離そうと考えるのに身体が硬直して動けない。 「ん!」 軽くキスを落としたその場所にヌルリとした感触。蒼牙が舐めたのだと分かり、固まっていた身体がやっと動いた。 「おっまえ、離せよ!」 「イタッ!ちょっと、悠さん!痛いですから!!」 自由な手で髪を引っ張れば、やっと蒼牙は身体を離した。 「痛いなぁ。はげたらどうするんですか···もう。」 「知るか!お前なんかはげてろ!」 ブツブツと文句を言う蒼牙に言い捨てる。 突き刺さる視線。 興奮したような黄色い声と、鳴り止まないシャッター音。 さっきの様子を写真に撮られたのかと、恥ずかしくて顔が赤くなるのが止められない。 「だって、悠さんがお菓子くれないからイタズラしただけです。ドラキュラなんだから、血を吸うのが普通かと思って。」 「なっ···!」 ニヤニヤしながらそう言う蒼牙。 ···クソッ、仮装に便乗していらないことしやがって! 周りからの視線が痛い。 パーティーの悪ふざけに見せかけ飄々としている蒼牙が憎たらしい。 これ以上晒し者にされるのはゴメンだし、何か、何か良い方法···! パニクる頭で考えていると、視界の端に茶色の耳が見え顔を向けた。 「なに?なんの騒ぎだよ?」 「内藤くんっ!」 「あっ!!ちょっと、悠さん!!」 「え、え、えぇ?どうしたんですか、悠さん?」 ナオちゃんと一緒に戻ってきた内藤くんの声。 助かった···! 咄嗟に駆け寄ると俺は内藤くんに抱き着いた。 驚いた声をあげながらも、背中をポンポンッと叩いてくれる内藤くんにギューとしがみつく。 もうこうなったら恥は捨ててやる。 ゴメンよ···内藤くん、ナオちゃん。 「狼男くん助けて。あそこの変態吸血鬼がセクハラしてくるんだ。」 「はぁあ!?また何かされたんすか?悠さん。」 内心で二人に謝りつつ、俺は周りに聞こえるように大きな声でそう言う。 「悠さん、変態吸血鬼ってひどいです!」 「うわぁ···蒼牙サイテー。」 「え、ナオまで!?」 蒼牙とナオちゃんのやり取りを背後に聞きつつ、俺は内藤くんから身体を離した。 内藤くんの『また』って言い方が少し引っ掛かるけど、ここでそれを追求している場合ではない。 「というわけで俺は帰るから。あとは任せたよ、狼男くん。」 「えぇ!そんな無茶ぶり!?」 内藤くんにそう言って肩を叩くと、俺は蒼牙にニッと笑ってみせた。 「ここの支払いはあのセクハラ吸血鬼がしてくれるから、これよろしく。···ナオちゃん、帰ろうか。」 「はい。」 「ええ!?悠さん!」 「ええ!?ナオちゃん!」 持っていた伝票を内藤くんに押し付け手を差し出す。その手を握り返してナオちゃんはニッコリと笑った。 蒼牙と内藤くんの声が被る。 少し照れたような様子のナオちゃんに微笑みかけると、「じゃあな。」と手を挙げて俺は踵を返した。 隣には「バイバイ、隼人くん、蒼牙。」と手を振るナオちゃん。 背後からは俺達の名前を呼ぶ蒼牙と内藤くんの声。 そして、いまだにざわめく他の客の声。 素直に着いてきてくれるナオちゃんに感謝しつつ、俺は赤らんだ顔を隠し出口へと向かっていったー。

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