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困惑
side 蒼牙
「···取材?お前が?」
夕食を食べながら悠さんが驚いたように俺を見た。
モグモグとサラダを食べている姿がなんとも可愛い。
「違いますよ。俺が取材される訳じゃなくて、店が取材を受けるんです。で、その写真に俺も写れってオーナーが。」
「同じことだと思うけど···」とクスクス笑う悠さんに、俺もつられて笑った。
今日オーナーから呼び出しをくらい一体何事かと思えば、『ホテルの紹介でレストランも出されるからお前が代表で出ろ』というもので。
色々と面倒くさいし一度は断ったが、「ボーナス弾むぞ」と条件を出されOKした。
「何て言う雑誌だ?」
「えっと···確か『M. natural::』とか言う雑誌です。」
「え···、」
「悠さん?どうかしましたか?」
雑誌名を聞いた途端、一瞬固まった悠さんを不思議に思い声を掛けた。
「ああ··いや、何でもない。そうか、頑張れよ。」
「····はい。」
すぐにいつもと同じ態度に戻り笑ったがそれ以上聞いてこようとする様子はなくて。
どこか違和感を感じながらも、俺も追求はしなかったー。
「はじめまして。この度こちらのお店の取材を担当します、『芦屋カナ』です。」
明るい声と笑顔で差し出された名刺を受け取り俺も挨拶を交わした。
「はじめまして、秋山です。よろしくお願いします。」
「···へぇ、こんなにカッコイイ男性初めて。オーナーが自分ではなく従業員を写せって言った意味がよく分かるわ。」
「···ありがとうございます。どうぞ、かけてください。」
ニッコリと褒めてくれる芦屋さんに席を勧め、自分も向かい側に座った。
俺の顔をまじまじと見つめてくるのについ苦笑してしまう。
切れ長な瞳と少し薄い唇。
セミロングのストレートな髪を耳にかけ、すっきりとした顎のラインが目立ち綺麗だ。
自信に満ちた笑顔と、キラリと光る赤いピアスが印象的で。
テキパキとした動き、無駄な飾りのない仕事道具。好意を抱いた視線とは違い、商品価値を見定めるような視線。
···こういう人のことをキャリアウーマンって言うのだろうな。
一言で言えば『かっこいい女性』だと思う。
俺の周りにはあまりいないタイプだ。
そんなことを考えながら今後の予定や雑誌の主旨などを確認していく。
そうして話も終わろうかという時、芦屋さんから思わぬ質問が飛び出してきた。
「それじゃあ、最後にプライベートなことを聞くけど···秋山くん恋人は?」
「いますよ。···何ですか?いきなり。」
それまで仕事の話であったにも関わらず、急な話題の転換に少し戸惑ってしまう。
「だってこの雑誌が発売されたら、あなたのこと目当てのお客さんや別の取材が来ると思うわ。その事、恋人さんにちゃんと説明してあるのかなって。」
「有名になった恋人にほっとかれて別れ話···なんて、よくある話だから。」とイタズラっぽく笑う芦屋さんに思わず苦笑した。
「大丈夫ですよ。あり得ませんから。」
「あら、すごい自信ね。」
ハッキリと伝えると、切れ長の瞳を少し丸くして芦屋さんは可笑しそうに言った。
「はい。俺が誰かに目移りすることはないですし、あの人もそんな人ではないですから。」
「そう、なら安心ね。····でも秋山くん、一ついい?」
「何ですか?」
机の上の物を片付けながら芦屋さんは俺に視線を寄越す。
その瞳はどこか意味深で。
「『あり得ない』って思っていたことが『あり得る』こともあるのよ。····とくに、恋愛では。」
芦屋さんとオーナーとの話も終わり、戻るという彼女の荷物を持ってホテルロビーまで送った。
「ありがとう助かったわ。」
「いえ、芦屋さんは今日はどこかのホテルに?」
名古屋からわざわざ来ていると聞いた。
今日から取材が終わるまで、数日はホテル住まいになるのだろう。
「ええ、駅前のビジネスホテル。」
「数日とはいえ大変ですね。」
「ほんとよ。出張も多いし、転職しようかしら。」
クスクス笑いながら話す口調は、内容とは裏腹に仕事を楽しんでいる人のものだ。
そうしてタクシーが到着するまでの間、他愛のない会話を交わしながら待った。
「もうすぐタクシーも着きますよ。」
そう言ってふと視線をホテルの入口に向け、俺は胸が躍った。
自動扉の向こうから歩いてくる間違えようのない姿。
「悠さん!」
思わず声を掛けてしまってから、しまったと内心で舌を打った。
時間はまだ夕方で悠さんはまだ仕事中のはずだ。隣にはスーツ姿のサラリーマンが一緒で、これから話し合いでもするのだろう。
仕事の邪魔をするつもりではなかったのに···と思っていると、俺の声に気付いた悠さんがこちらに顔を向けた。
そして俺の姿を確認するとフワリと笑い、軽く手を上げてくれる。
いつもと変わらないその様子に安心して、俺も微笑みながら会釈で返した。
ところが···
「·····?」
どうしたのだろう···
こちらを見たまま歩いていた足を止め、その場で固まってしまった悠さんに疑問が湧く。
その顔は驚いているような、戸惑っているような···複雑な表情をしていて。
もう一度声を掛けようかと口を開きかけたとき···
「······悠···」
俺の隣から、小さな呟きが聞こえたー。
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