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再会

side 悠 「お帰りなさい、悠さん。」 玄関で出迎えたくれた蒼牙に「ただいま。」と返し寝室へと向かう。 いつもと変わらない蒼牙の態度に少しだけほっとした。 夕方···商談で入った蒼牙のいるホテルで「悠さん!」と声を掛けられた。 仕事中ではあったが蒼牙の声が聞こえたことが嬉しくて。見つけた恋人の姿に手を振ろうとして俺は固まってしまった。 蒼牙の隣には女性がこちらを向いて立っていて···その姿を認識して思わず声を失った。 仕事先の相手から「篠崎さん?」と名前を呼ばれて我に返り、蒼牙にもう一度手を上げてからその場を離れた。 以前蒼牙から取材を受けると聞いたとき···まさかな、とは思った。 けど似たような名前の雑誌なんて山ほどあるし、もしそうだとしても取材にくるのが彼女とは限らない。 だから敢えて考えないようにしたのに···。 「···さん、悠さん!」 名前を呼ばれてハッとした。 暖かいリビングのソファに座りボーッとテレビを見ていたはずが···いつの間にか画面は消されていて、蒼牙が心配したように俺を見つめている。 「大丈夫ですか?様子がおかしいですけど···」 「悪い、大丈夫だよ。」 穏やかな優しい声に微笑みながら返す。 勘のいいコイツのことだ。 俺がカナを見て動揺していることに気付いているに違いない。 それでもこうして聞かずにいてくれるのが、蒼牙の優しさなのだと痛いほど分かる。 ···できればあまり話したくはない。 自慢できるような話ではないし、蒼牙が嫌な気持ちになるかもしれない。 だけど··· 以前、蓮華さん達とのことがあったとき、俺はちゃんと蒼牙に話さなかった。 そうして心配をかけて、後悔をして···これからは何でも二人で話し合っていこうと、そう心に決めた。 「蒼牙···」 目の前にしゃがむ蒼牙の首に腕を回し、そっと抱き寄せた。 ギュッと力を込めると、直ぐに腰に回ってきた力強い腕が同じように返してくれる。 「····お前の取材に来ていた女性な」 「はい···」 耳元で聞こえる穏やかな声に目を閉じる。 そうして大きく息を吸うと、俺はゆっくりと口を開いた。 「彼女··カナは···お前と出会う前、俺が付き合っていた女性だ···ンッ、」 そこまで言うと、蒼牙に口を塞がれた。 チュッ···と直ぐに離れていく唇。 蒼牙の顔を見つめると、優しく微笑んでいて。 「蒼牙···?」   「···多分、そうじゃないかなって思ってたから。」 「ん···そうか。」 何となく申し訳なくて伏せた顔を、蒼牙がそっと持ち上げてくる。 「ちゃんと話してくれるんでしょう···?」 「···ああ。」 「俺も聞きたい···けど、先にキスがしたいです···」 「そうだな···」 再び重なってくる唇に応えながら、蒼牙の後頭部に手を回した。 「····悠さん···」 「フッ···ん、蒼牙···」 少しずつ深さを増していくキスの合間に名前を呼ぶ。 指に絡まる髪の感触になぜか胸が痛んだー。 「·····久しぶり、悠。」 「カナ····」 会社の前、街路樹の下に立つカナに声を掛けられた。 どうしてここにいるのか··とか、何の用だ··とか思うのに、驚きのほうが先にたって言葉にならない。 「相変わらず残業してるのね。待ちくたびれて帰ろうかと思ったわ。」 クスクスと笑いながらそう言うと、細い手を伸ばして手にそっと触れてきた。 その手は冷たくて、本当に待っていたのだと感じさせた。 「こんなところで···どうかしたのか?」 触れてくる手をそっと外す。 自分の吐く息が白い。 寒いはずなのにそう感じないのは···どこか緊張しているのだろうか。 「とりあえず、食事でも行かない?体が冷えちゃった。」 「勝手に待ってたのはそっちだろ。俺は帰る。」 そう言ってその場を去ろうとすると、クスッと笑いながら声を掛けられた。 「少しだけ付き合って?久しぶりだし、ゆっくり話したいわ。」 「別に、俺に話すことはない。」 誘いを断り歩き始めると、背後からまた呼び止められた。 「そんなこと言わずに、秋山くんのこともあるし···ね?」 蒼牙の名前を出されて、思わず立ち止まり振り向いた。 『お願い』と手を合わすその指が少し赤い。 「ダメ?」と首を傾げるその様子も3年前と変わっていなくて、ハァ···とため息が溢れた。 「···安い店で我慢しろよ。」 嬉しそうに笑うその顔にどこか懐かしさを感じながら、俺は近くの店に入っていったー。 「だから、あれほど飲むなと言ったんだ!相変わらず酒に弱いな···」 2時間後、駅前のビジネスホテルにカナを送り呆れてため息が出た。 「だって···悠とまた会えて···普通に話せて···嬉しかったんだもの···」 エレベーターの前のイスに座り込み、天を仰ぎながら呟くカナに苦笑した。 結局蒼牙の話は殆どなく、互いの近況を話ながら食事をした。 明るくカラカラと笑いながら話すカナは変わっていなくて、懐かしさとほろ苦さとを感じながら過ごした。 「もういいから、早く部屋に戻って寝ろ。明日も仕事だろうが。····ほら、エレベーター来たぞ。」 扉を押さえてカナに声を掛ける。 「うぅ···ありがと···」とヨロヨロと立ち上がり一歩を踏み出したカナが、フラりと転びそうになるのを慌てて支えた。 「頼むからしっかりしてくれ、転ぶぞ。」 「···そういう世話焼きなところ、変わらないね···悠」 回した腕に手を添え、フフッと笑うのに「うるさい···」と返した。 一緒にエレベーターに乗り込みしっかりと立たせると、部屋の階数ボタンを押す。 そうして扉が閉じる前に「じゃあな。」とエレベーターから降りた。 「え···悠···?」 閉まりかけていた扉を止め、カナが呼び止めた。 その顔はアルコールで少し赤く、トロンとした瞳が色っぽさを増している。 「一緒に···来てくれないの?」 小さく呟くその様子はどこか幼くて。 「行かないよ。そこまで俺は非常識じゃない。」 フッと笑ってそう答えると、カナの表情が一瞬寂しそうに歪んだ。 「言っただろ、今はちゃんと恋人がいるって。アイツに後ろめたさを感じるようなこと、俺はしたくない。本当ならこうして一緒に食事することだって望ましくない。···カナだって分かってるだろう?」 「···········」 黙って見つめてくるカナに「早く寝ろよ。」ともう一度伝えると、俺は踵を返した。 早く帰って、蒼牙に会いたい。 遅くなるとは連絡したが、カナと一緒だとは伝えれていないから···ちゃんと顔を見て話したい。 そんなことを考えながら駅に向かったー。

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