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向かう心の先

「お疲れ、カナ。」 蒼牙のレストランのスタッフルーム。 扉を開けばカメラを確認しているカナがいた。 「···悠···どうしてここに··?」 驚いた様子で俺を見つめてくるカナに笑って見せた。 「今日は休みだから、蒼牙に頼んで入れてもらった。カナに話したいことがあって。」 カナが座っているイスの近くに腰かける。 「···そう。」と返事をする彼女に視線を向けると、フイッと顔を反らされた。 「それで、一体何の用?私もうすぐ休憩が終わるんだけど?」 「ん、まずはカナに謝りたい。」 「謝る?」 真っ直ぐにカナを見つめる。 俺の言ったことが予想外だったのか、反らされていた顔がこちらに向けられた。 揺れた髪の隙間からは赤いピアスが見えて。 ···まだ持っていたんだな。 こうして大切に使ってくれていることが彼女の想いのような気がして申し訳なくなる。 だからこそ、俺は彼女に謝らないといけない。 「三年前、カナの気持ちを分かってやれなくてごめん。···今なら分かるんだ。『離れたくない』って気持ちが···俺にも。」 「···········」 「昨日も、お前に応えるつもりもないのに食事の誘いに乗った。残酷なことをして···本当にすまない。」 深く頭を下げる。 そうしてゆっくりと顔を上げると、困惑した表情のカナと目が合った。 「悠····」 名前を呼びそのまま何も言わないカナに、俺は言葉を続けた。 「それと、昨日話した俺の恋人は···蒼牙だ。それはカナも気付いているんだろ?」 「····えぇ。」 躊躇いながらも頷くカナに微笑んで見せる。 昔からカナは勘が鋭かった。 だからこそ、昨日蒼牙の名前を出して俺を引き留めたのだろう。 「···俺が一番そばに居てほしいのも、愛しく思っているのも、大切にしたいのも···全部アイツ一人だけだ。それはこれから先も絶対に変わらない。」 「ずいぶんなノロケね···」 やや呆れたようにそう言うと、カナは大きく息を吐いた。 「そうだな···でも、本当のことだから。」 蒼牙のことを思うと暖かくて幸せな気持ちになれる。 喜ばせたい、笑顔が見たい、触れたいと思うし触れてほしい···こんなに焦がれるのは蒼牙だからだ。 「····そう。そこまでハッキリ断られると、付け入ることができないわね。」 そう言いながらカナは俺を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。 その表情はどこかスッキリしているように見える。 「ずっと後悔していたの···別れずに、遠距離でも頑張ってみれば良かったって。だからあの日あなたを見た瞬間、もう一度あの頃に戻れるんじゃないか··そう期待しちゃった。」 「···そうか。」 「だけど甘かったわ···まさか、悠からこんなノロケを聞かされるなんて、嘘みたい。」 クスクスと笑うカナに思わず赤面してしまう。 昔の俺なら、確かに人にこんなことは話さなかっただろう。 「もう話は終わり?私も仕事に戻らないと。」 「あぁ悪い。じゃあ、あと一つだけ。」 「まだあるの?何かしら?」 時計を確認しながらそう答えると、カナは首を傾げた。 とても大事なことをまだ言っていない。 もうすぐカナは名古屋に戻るから···その前に 「蒼牙に謝れ。」 「···っ、秋山くんから何か聞いたの?」 瞳を見つめ、穏やかに伝える。 一瞬言葉を詰まらせたカナに、やっぱりかと思った。 「いいや。蒼牙は俺に何も言わなかった。けどアイツの様子を見れば、カナと何かあったことくらい分かる。」 昨夜の蒼牙の様子を思い出し、また胸が傷んだ。 俺の浅はかな行動で怒らせたとはいえ、蒼牙があそこまで不安になるとは思えなかった。 「蒼牙と何があったのか、何を話したのかは聞くつもりはない。でも、もしアイツに嘘をついたり傷付けるようなことを言ったりしたのなら···それはちゃんと謝れ。」 「·········」 そこまで言うと俺はイスから立ち上がった。 話そうと思っていたことはちゃんと伝えた。 あとはカナがどうするかだ。 「休憩中に邪魔して悪かった。話はそれだけだから。仕事、頑張れよ。」 そう言って扉に向かって歩き始めると、背後からカナの声が呼び止めてきた。 「ねぇ、悠。」 「なんだ?」 扉に手を掛け振り向くと、カナは微笑んでいて。 「三年前にはお礼が言えなかったから。···ピアス、ありがとう。とても気に入っているわ。」 「···良かった、よく似合ってるよ。」 耳に触れながらフワリと笑うカナに俺も微笑んで見せた。 「それじゃあな。元気で。」 「ええ···悠も。·····バイバイ。」 三年前とは違う別れかた。 吹っ切れたように笑い手を振るカナに頷いて見せると、扉を開けて部屋を後にしたー。

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