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じじ様ばば様の家庭訪問2
「雑誌通りのオシャレなお店だねぇ。」
ホテルのエレベーターを降り、レストランの入り口が見えたところで祖母が呟いた。
まだ店に入ってもいないのにそんなことを言うのが可笑しくて、ついクスクス笑ってしまう。
さっきから二人は子供のようにはしゃいでいて、見るもの全てに「ほう!」とか「へぇ···」とか感心しっぱなしだ。
「ちょっと緊張するのう。はるくん、わしら可笑しゅうはないか?」
自分の服装を気にする辺り、本当に緊張しているらしい。
「大丈夫、可笑しくないよ。」
安心させるように笑えば「そうか。大丈夫か。」と二人でホッと力を抜いている。
その時、
「いらっしゃいませ、篠崎様。」
入り口で止まっている俺達に優しい声が語りかけドキッとした。
その声は毎日聞いているものなのに····
「蒼牙···」
振り返り、仕事中の恋人に微笑む。
白いシャツに黒のベストとネクタイ、そして黒のロングエプロン···ギャルソンスタイルの蒼牙は何度見ても格好いい。
「おじいちゃん、おばあちゃん、お久しぶりです。待ってました。」
微笑みながら両手を広げると、蒼牙は祖父母を軽く抱き締めた。
これに驚いたのは俺だけで二人は「そうくん、久しぶりじゃなぁ。かっこええのう。」と嬉しそうに抱き締め返している。
微笑ましいその様子に俺もつられて笑顔になるが、カフェから出たときに感じた不安が大きくなる。
この三人の気が合うのは知っている···
いや、仲が良いのはいいことだ···うん。
だけどこういう時の俺の勘はやけに当たる。
完全アウェーのこの感じ···どうしよう。
「そうくん、はるくんが妬くからのう。あんまり他人を抱き締めたりしちゃいかんぞ。」
「は?じいちゃん、なに言って···」
「大丈夫です。後でいっぱい可愛がりますから。」
「ッ、お前もなに言ってる!」
「そうかそうか。なら心配いらんのう。」
「真に受けるな、じいちゃん!」
その場で頭を抱える。
やっぱり···何となくこういう流れになる気はしていたんだ。
ニコニコと嬉しそうな祖父母と蒼牙を交互に見やり、俺は大きくため息を吐いた。
「はるくん、照れちゃいかんよ。若いうちは何でも楽しまんとね。」
「ばあちゃん···でもこれは···違うと思う···」
祖母が俺の背中をポンポンッと叩きながらそう言うのにハハッ···と乾いた笑いが溢れるのは仕方ないと思う。
「お料理も美味しいし、そうくんは素敵だし、文句なしの店だねぇ。」
店に入ってから約一時間。
フランス料理のコースを食べ、満足そうな祖父母に俺も嬉しくなる。
『はるくん、どのフォークを使うのか分からんのじゃが···』
机に並べられた食器の数にやや不安げな祖父母を救ったのは、蒼牙の優しい言葉だった。
『大丈夫ですよ、おじいちゃん、おばあちゃん。マナーなんか気にしないで好きなように食べて下さい。せっかく悠さんとゆっくり過ごせるんだから、楽しんで。』
微笑みながら丁寧に差し出してきた箸を、祖父母は喜んで受け取った。
その蒼牙の心遣いに不覚にも惚れ直してしまったことは秘密だ。
「この後は俺の家に帰るつもりだけど···どこか行きたいところがある?」
「いやいや、もう今日は充分楽しんだわ。帰ってはるくん達とゆっくりとしたいねぇ。」
ニコニコとそう言う祖母に俺も「ん、分かった。」と答えていると、店内の照明が僅かに落とされた。
「なんじゃ?急に暗くなったが···」
「さあ?」
俺にも理由が分からず首を捻っていると、奥のキッチンから蒼牙が歩いてくるのが見えた。
「蒼牙···何かあるのか?」
「はい、ちょっとしたお祝いです。」
微笑む蒼牙の手にはロウソクが灯った小さなホールケーキがあって。
「祝い?」
聞き返す俺達のテーブルの上にケーキを置きながら蒼牙は祖父母に語りかけた。
「今月、結婚記念日でしたよね?少し早いですがおめでとうございます。」
「「え····」」
驚き固まっている祖父母に蒼牙はフフッと笑った。
「当店からのささやかなお祝いです。」
そう言うと「はい、消して下さい。」と祖父母の前に置いたケーキを手で指し示した。
「ありがとう、そうくん···」
やっと事態を飲み込めた祖父が呟き、嬉しそうに笑う。
そうして二人一緒にローソクの火を吹き消せば途端に周りから沸き上がる拍手と明るくなる照明。
その賑わいに、照れたように会釈をして応える二人が可愛かった。
「本当に、ありがとうなぁ。」
感慨深げにケーキを眺める祖父と、涙をソッと拭う祖母。
幸せそうな二人に微笑むと蒼牙は小さなナイフを取りだしケーキを切り始めた。
「お礼を言うのは俺の方です。」
祖父の皿にケーキを乗せながら蒼牙が呟いた。
「ありがとうございます、おじいちゃん、おばあちゃん。お二人が居てくれたから···俺は悠さんと出会えました。本当に感謝しています。」
綺麗に微笑み、祖父の前に皿をソッと置く。
その優雅な動きと台詞に思わず赤面してしまう。
「そうか···うん、そうか···」
うんうんと頷く祖父にもう一度微笑むと、蒼牙は残りのケーキも皿に乗せていく。
祖母に、そして俺の前にもケーキ皿を置くと蒼牙は丁寧に一礼した。
「それでは、飲み物をお持ちしますね。ごゆっくりとお楽しみ下さい。」
そう言って去ろうとした蒼牙の手を俺は咄嗟に掴んだ。
「悠さん?」
「蒼牙···ありがとう。」
俺を見つめる蒼牙に微笑みながらそう伝える。
思わぬサプライズが本当に嬉しい。
幸せそうな祖父母の姿が、俺をこんなにも暖かい気持ちにさせてくれる。
そして···蒼牙が言ってくれた言葉に感動して。
思いを込めたお礼に蒼牙はフワリと笑うと、掴んでいた手をキュッと握り返してくれた。
「待っててくださいね。今、美味しいコーヒー持ってくるから。」
そう言って手を離すと、蒼牙はキッチンへと向かっていく。
ふと視線を感じ振り向けば、ニコニコと俺を見つめている二人と目が合って。
「優しい婿じゃなあ、はるくん。」
「····ッ、いいから、ケーキ食べて。」
否定することも出来ず、俺はまたもや赤面する羽目になったー。
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