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じじ様ばば様の家庭訪問3

side 蒼牙 「おじいちゃん、背中を流しましょうか?」 「おー、すまんな。じゃあお願いしようかのう。」 そう言ってタオルを差し出してくるのを受け取り、俺は石鹸を泡立てていった。 マンションから一番近い銭湯。 レストランから一緒にマンションへと帰ってから、風呂を溜めようとした悠さんを止め俺から『行ってみませんか?』と提案した。それに食い付いたのはおじいちゃんで、『わしも行きたいのう。』とニコニコと話に乗ってきてくれた。 「···気持ちええ。そうくん上手じゃ。」 「なら良かった。はい、流しますよ。」 ごしごしと洗っているとそんな風に言われ、俺も笑いがらお湯をかけていった。 「はるくんもくれば良かったのにのう。」 「仕事があるらしいですから、仕方ないです。帰ったら一杯飲みましょう。」 「そうじゃの。」 少し残念そうなおじいちゃんに心の中で謝った。 ···ごめんなさい、おじいちゃん。 『仕事』なんて嘘です。 『俺だってそうしたいけど···一緒に銭湯に行けるわけないだろ!』 そう提案すると悠さんは洗面室へ俺を連れていき、小声でそう言った。 軽く睨んでくるその目尻は赤く、明らかに照れたその様子に、そういえば···と思い至った。 昨夜のセックスの時、悠さんの身体に散々キスマークを残した。 常識人の悠さんが他人に、ましてや身内にそんな痕を見せるわけがない。 ···だって、あんまりにも色っぽく啼くものだから、我慢できなかったんだよなぁ。 そんな風に思いながら『あぁ···そっか、そうですよね。ごめんなさい。』と謝り軽く抱き締めた。 『そんな風ににやけながら言われても、謝られた気がしない···』 顔を赤らめながらそう呟いた悠さんに『ごめんなさい、だって可愛かったから···つい』と耳にキスをしたら、頭を叩かれてしまった。 「そうくんは、はるくんのどこが良かったんじゃ?」 湯に浸かりながらマンションでのやり取りを思い出していると、不意におじいちゃんが聞いてきた。 顔を向ければ優しい表情で俺を見ていて···でもその瞳は真剣なものに感じられた。 「そうですね···本当のことを言うと、最初はどこに惹かれたのか分からないんです。ただ一目惚れだったとしか。」 正直にそう答えれば「ほう··」とどこか面白がったような声が返ってきた。 「『全部』って言ったら嘘みたいに聞こえるかもしれないですけど···でも、悠さんの全てが大切なんです。優しいところも、頑固なところも、大人なところも、子供みたいにムキになるところも、何でも簡単にこなしてみせるけど本当はすごく努力しているところも···全部が大切で··愛しいんです。」 こうして悠さんのことを想うだけで心が暖かくなる。 こんなに人を愛しく思える日が来るなんて、思ってもみなかった。 「そうか···うん、良かった、良かった···うん。」 うんうんと頷くおじいちゃんに俺も逆に聞きたくなった。 「おじいちゃん達は、俺のこと反対しないんですね。すんなり受け入れてくれて···」 「なんじゃ、反対して欲しかったんか?」 きょとんとした顔でそう返され苦笑してしまった。 「そうじゃないですけど、孫が男と付き合うって抵抗があるでしょ?」 ホタルを見に行った時には冗談に見せかけていたけど。 今は俺たちが真剣に付き合っていると、この人達は知っている。 それを反対されないことは有り難いが、とうしてこんなにもすんなりと受け入れられたのだろうか。 そんな疑問を素直にぶつければ、おじいちゃんはカラカラと笑った。 「そりゃあビックリはしたわい。けどのう···はるくんのことを儂らはよう知っとる。あの子は昔からワガママを言わん。儂らの家に遊びに来た時にも、従兄弟達とケンカの一つもせんかった。」 「··········」 「両親が共働きじゃったからのう。必要以上にしっかりしてしもうて、周りに気をつかうことと、相手に合わせることが身に付いてしもうたんじゃろうなぁ。そんなはるくんが、儂もばあさんも少し心配じゃった。いつかガタが来るんじゃないかってのう。」 昔を懐かしむように···けどどこか哀愁の漂うその口調に、俺は何も言えなかった。 「けどの、そんなはるくんが初めて儂らにワガママを言ってくれたんじゃ。『ホタルを見せてやりたいヤツがいる。泊めてくれないか。』ってな。たったそれだけのことじゃ、けど儂らにはそれが嬉しかったんじゃ。」 「おじいちゃん···うわッ!」 嬉しそうに笑っておじいちゃんは湯をバシャッと俺にかけた。 「そしたら、こんな男前を連れてきおった。しかも、堂々といちゃこらするしのう···。あんなに見せ付けられたら、あの鈍いばあさんでも流石に気づいたわい。」 「あははは!確かに。」 見せ付けようとか思ったわけではないが、おじいちゃん達の前でも俺は悠さんの手を握ったり、見つめたりした覚えがある。 それは、普通の友人ならしないようなことだ。 「ありがとうなぁ、そうくん。反対なんかするもんか。はるくんがあんなに遠慮なく他人と接するところ、儂らは初めて見たんじゃから。」 「·····はい。」 優しい目で俺を見つめるおじいちゃんのその言葉に、俺は胸が詰まった。 なんて素敵な人達なんだろう。 ただからかっているだけじゃない。そこには溢れるような愛情があって。 「ありがとうございます、おじいちゃん。悠さんのこと、ちゃんと幸せにしますから。」 そう言って微笑めば、おじいちゃんはニッと笑った。 「当たり前じゃ。大切な孫を嫁にやったんじゃ。幸せにせんと祟ってやるわい。」 その笑顔は、俺の大好きな悠さんの笑いかたと似ていて、俺はまた心が暖かくなったー。

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