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12月15日昼
「よし、出来た。···どうですか?」
最後の一粒を乗せ、隣で作業していた外川さんに声をかけた。
「····うん、良いんじゃない。頑張ったね。」
そう言って俺の手元にあるものを見て頷くと「すごいすごい。」と感心している。
外川さんは俺が社会人一年目にお世話になった職場の先輩で、今は念願だった自分の店を構えている。
『スイーツとお酒が一緒に楽しめる店って面白いと思わない?』
日中はスイーツが楽しめ、夜にはアルコールも提供する···そんな店を持ちたかったと話してくれていた。
その夢を叶え、今では小さいながらも客足の絶えない店を経営している。
「数回の練習でそれだけできるんだから、秋山もこっち方面やってみたら良いんじゃない?」
「あはは。無理ですよ。俺にはこれが限界です。それに別にこっち方面に入りたい訳じゃないですから。」
外川さんの言葉にカラカラと笑い、完成したそれを見つめた。
小さなホールケーキ。
真っ白な生クリームの上には赤い苺。
スライスした生地の間には数種類のフルーツを挟み、それを覆い隠すように甘さを控えた生クリームをふんだんに使ってある。
外川さんのように均等に塗られている訳ではないが、素人が作ったにしては中々の出来映えだと思う。
もちろん、ちゃんと悠さんが食べやすいように甘さは控えめにした。
基本的にあまり甘いものは食べない悠さんだが『ショートケーキは思い出があるから好きだな。』と話しをしたことがある。
それを聞いたときから考えていた。
悠さんの誕生日にはケーキを焼こうと。
俺の誕生日の時には旅館に泊まり、高価な腕時計をくれた。
だから本当はそれに匹敵するくらいの豪華な誕生日にしたほうが良いのかもしれない。
だけど悠さんは贅沢を好む方ではないし、外食だって珍しくはない。
どうしようかと考えていた時に悠さんの口からそんな台詞を聞き、これだ!と思った。
喜んでくれるといいな。
『すごいじゃないか』と笑ってくれたら嬉しい。
俺の好きなあの笑顔が見られたら、ここ数日の努力が全て報われる気がする。
「秋山はその人のことが本当に大切なんだね。そんな表情、僕が一緒に働いていた時には見せたことなかったもの。」
外川さんの声にハッとして顔を上げれば、ニコニコと俺を見つめる優しい瞳と目があった。
「はい。外川さんのおかげで、すごく綺麗に作れました。このお礼はまたさせて下さいね。」
頭を下げながらそう言うと「気にしないで。こちらこそ、ありがとう。」と笑われた。
「秋山が手伝って接客してくれたおかげで、ここ数日の売り上げが増えたよ。レストラン辞めてうちで働かない?」
クスクス笑う外川さんの言葉に俺も「そうしましょうか。」と笑って返す。
「冗談だと思ってるでしょ。けっこう本気だよ?」
「そうなんですか?じゃあクビになったら泣きつきますから、その時はお願いします。」
外川さんに『ケーキの作り方を教えて下さい』とお願いしてから、その報酬として店の接客の手伝いをした。
そのため帰りが遅くなってしまったけど『材料費なんかいらないよ』と快く引き受けてくれた外川さんに何かお返しがしたかった。
忙しい中、嫌な顔一つせずに丁寧に教えてくれ、根気よく最後まで付き合ってくれたことが有り難い。
「またいつでもおいで。今度はその大切な人と飲みにくるといいよ。」
「はい、本当にありがとうございました。」
優しく微笑みながらそう言う外川さんにもう一度頭を下げる。
そうして、渡された白い箱にケーキを詰め店を後にした。
『今日は早く帰るよ。』
そう言って笑った悠さんを思いだし、自然と帰る足取りが軽くなる。
帰ったら食事の準備もしないとな。
外食した時よりも、俺が作ったときの方が嬉しそうに笑ってくれるから。
夜には帰ってくる悠さんを想い、その笑顔を思い出すだけで俺の心は暖かくなったー。
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