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X'mas前3

「ほら、服着替えろ。」 「······ん、ありがと」 レストランから蒼牙を連れて帰り、パジャマ代わりのルーム着を手渡す。 とりあえず熱を測ろうと体温計を取りに行き寝室に戻ると、なんとか着替えた蒼牙がベッドに倒れ込んでいた。 「蒼牙、ちょっと身体起こせ。布団にちゃんと入らないと···」 「ん···」 モゾモゾと動き中に入っていく蒼牙に首まで布団を掛けてやる。 ···まるで子供だな。 口数も少なく俺の言う通りに動く様子にクスッと笑いが溢れた。 脇に体温計を挟みベッドに腰掛けて電子音がするのを待つ。 自分が熱出してることにも気付かないなんて、コイツはバカか? 帰りのタクシーの中で気が抜けたのか、駐車場からエレベーターに乗る頃には蒼牙はグッタリとしてしまった。 こうして見てみると本当に辛いのだろう短く息を吐き出しながら瞳を閉じている。 ピピッ···という電子音が聞こえ、体温計を取りだして表示されている数字を見て俺は言葉を失った。 ····39.8℃ 思っていた以上に高い熱にソッと頭を撫でた。 苦しそうに息を吐くその様子を見つめていると、うっすらと瞳を開いた蒼牙と目があった。 「···大丈夫。俺、人より丈夫だから···明日には下がるよ。」 そう言って布団の中から手を出すと撫でていた俺の手を握った。 その手はいつも以上に熱くて···キュッと握り返すと蒼牙はフッと笑った。 「···ごめんね、迷惑かけて。」 「別に、こんなの迷惑なんかじゃない。それよりも欲しいものあるか?···リンゴあるけど食べてみるか?」 「リンゴ···ん、食べる。」 さっき買って帰っていたリンゴのことを思いだし聞けば、蒼牙は小さく頷き「ありがと。」と力なく笑った。 「すぐに剥いてくるから、ちょっと待ってろよ。」 「あ···悠、」 ベッドから立ち上がりキッチンに向かおうとすると呼び止められた。 俺を見上げる蒼牙は今にも眠ってしまいそうな顔をしていて。 「なんだ?」 「うさぎの形にして欲しい···」 「は?」 「病人にはうさぎさんリンゴ···あと、薬の口移し···」 「·····分かった、うさぎさんリンゴな。」 「やったー····悠、大好き···愛してる···格好いい···可愛い···キスしたい···抱き、た···い···」 「···········」 布団の中からスー···スー···と寝息が聞こえてくる。 ゴニョゴニョと喋りながら、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。 呆れてものが言えなくなるとはこういうことか。 レストランではさんざん人をたぶらかし、今は思っていることを全部口にする。 たぶん、自分が言ってることもよく分かっていないんじゃないだろうか···。 だいたい『うさぎさんリンゴ』までは分かるが、なんだ『薬の口移し』って。 「たち悪すぎだろ···変な熱の出しかたしやがって。」 眠っている蒼牙の髪を撫でボソッと呟けば「ん···は、るか···」と寝言で名前を呼ばれた。 「······起きたらリンゴ食べろよ。」 いつもより幼く感じるその姿にクスッと笑いながら形のよい唇に軽くキスを落としたー。 蒼牙が眠ってから約二時間。 ピクリとも動かず眠っている蒼牙に冷却シートを貼り、起きたら食べられるように雑炊を作った。 それまで本でも読んでいようとソファに座ったところで、スマホが着信を告げた。 ···内藤くんかな。 蒼牙の様子を聞くためにかけてきたのだろうと、そう思いながら確認した画面には、全く違う名前が表示されていた。 『桐嶋寛人』 その名前に俺は急いで画面をタップした。 「はい、もしもし。」 『あ、こんにちは篠崎さん。桐嶋です。』 電話の向こうから落ち着いた耳障りのよい声が聞こえる。 祝日の今日も仕事なのか、かしこまった口調の桐嶋くんに思わず笑ってしまった。 桐嶋くんは会社の取引先の営業マンで、俺の知っている中でも相当なやり手だ。 黒髪に長身、整った顔立ち。 木内とはまた違う男前で、キリッとした目はただ者じゃないと思わせる。 一見怖そうな印象を受けるが話してみると存外面白いところもあって、俺はけっこう···いや、かなり彼を気に入っている。 出会った頃は仕事の付き合いだけだったが、最近では一緒に飲みに行ったりもするようになった、数少ない俺の友人だ(と、俺は思っている)。 「先日はどうも。どうかしたか?」 『いえ、こちらこそ。···あの、どうかした··というか、ちょっと相談があって。』 「相談?」 仕事の話だろうと思い訊ねると、返ってきたのは思いもよらぬ言葉だった。 桐嶋くんが個人的な相談をしてくるのは初めてのことじゃないか? 『はい。あの···篠崎さんって、確かイヌが好きだった···よな?』 「イヌ?」 『········イヌ。』 「まぁ、好きだけど。····それがどうした?」 『················』 「桐嶋くん?」 聞くだけ聞いておいて何も喋らない彼からの電話に首を傾げた。 いったいイヌがどうしたと言うのだろうか。 『····ああ、クソッ!何でもない!じゃあ、お邪魔しました!』 「え、ちょっと待って!桐嶋くん!わけが分からない!」 沈黙から一転、電話を切ろうとする彼を俺は慌てて引き留めた。 『いきなりの電話すみませんでした!じゃあ、お元気で!』 「いやいやいや、ちょっと落ち着いて。相談事だろ?ちゃんと聞くから話してよ。」 『············』 「な?···それで、イヌがどうした?」 なるべく彼を刺激しないように穏やかに話を戻せば、電話の向こうで大きく息を吐くのが分かった。 『····すみません。実は····』 彼の性格上素直に話すことが恥ずかしいのか、桐嶋くんは覚悟を決めたように口を開いたー。

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