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X'mas前4

「イヌを拾った?」 『···ああ。』 ボソボソと話してくれた内容は『出勤中に子犬を拾った』というもので。 『俺のところでは飼えねぇし···あのまま、また捨てることもできねぇし。』 「まぁ、そうだろうね。」 ···桐嶋くんらしい。 以前話していたとき犬が好きだと言っていた。 俺も同じ犬好きだから、酒の勢いもあってやけに盛り上がって話した覚えがある。 そのことを思い出して飼い主探しに俺のところへ電話を掛けてきた···ということか。 それにしても、不器用な彼がいったいどんな顔して話しているのか。 それを想像するとつい笑ってしまう。 「今は?その子犬どうしてるんだ?」 ふと疑問に思ったことを口にすると、桐嶋くんは『はっ』と鼻で笑った。 『桜庭んちに。』 「え、桜庭くんのマンションって犬OKなのか?」 『いんや、ダメらしい。けど預けに来てる。』 飄々と言ってのけた彼に笑ってしまう。 桜庭くんは彼の後輩だ。 いつも色々とバカにした物言いをするくせに、何だかんだで彼は桜庭くんのことを気に入っている。 「そうか···悪いな。俺もイヌは好きだけど、ここもペットダメなんだよ。」 ···『預けに来てる』ってことは、今桜庭くんも一緒にいるのか。 そう考えながら答えれば、桐嶋くんは『だよな···』と大きくため息を吐いた。 と、その時。 『···っ!てめ、桜庭ぁ!一気に餌やってんじゃねーよ!腹壊したらどうする気だ!』 『え!わ、はい!すみません!』 『ったく、使えねーな。』 急に大声を出す桐嶋くんに、思わずビクッとしてしまった。 どうやら俺ではなく、一緒にいる桜庭くんに怒鳴ったらしいが···びっくりした。 『ていうか、この犬桐嶋さんが拾ってきたんでしょうが!なんで俺が世話してるんですか!?』 『···っ、それは、悪かったよ···感謝してる。』 『·······!!!』 うん、桐嶋くん。 俺のこと忘れてるだろ。 電話を通して君たちの会話が筒抜けなんだが···。 どうしようか、このまま聞いてたら悪いし···仕方ないな。 「もしもし、桐嶋くん。」 『···っ!悪い、篠崎さん!』 少し大きめの声で話しかければ、桐嶋くんは慌てたように返事をした。 あたふたしている雰囲気が伝わってきて妙におかしい。 「いや構わないけど···その子犬の写真、後で送ってくれないか?飼い主探し俺も手伝うから。」 『良いのか?』 「良いよ。実は一軒心当たりがあるから、聞いてみる。」 『ほんとか!ありがとうございます。助かるよ、篠崎さん。』 「ん、また連絡·····っ!」 『篠崎さん?』 桐嶋くんが急に言葉を切った俺を不審がるのが分かった。 「誰と話してるの?悠、」 スマホを当てている耳とは反対側に熱い吐息と掠れた声が掛かる。 いつの間に起きてきたのか···リビングに入ってきた蒼牙に背後から抱き締められ、驚いて言葉が切れてしまった。 「ッ···わ、るい··桐嶋くん。また連絡するから···」 熱のせいで上擦った蒼牙の声はまるで情事の最中のようで。 チュッ···と軽く耳朶を吸われただけでゾクッと背筋が震える。 『あ、ああ。じゃあ、よろしくお願いします。』 どこか焦ったような声でそう言うと、桐嶋くんは『それじゃあ』と電話を切ってしまった。 通話が切れたことを知らせるツー、ツー、という音がやけに大きく感じる。 「起きたのか、蒼牙。」 「ん、はよー···電話の相手、桐嶋さん?」 通話の切れたスマホをソッとソファに置き、甘えるように肩口に顔を埋める蒼牙の頭を撫でた。 抱き締めてくる身体はまだ熱く、熱は下がっていないようだ。 「そうだよ。···ほら、離れろ。どうせならこっちに座れ。」 ソファの隣を叩きながらそう囁けば、「ん···」と蒼牙はゆっくりと身体を離した。 そうして隣に移動してくるとストンと座る。 いつもよりも緩慢なその動きに、思わず苦笑してしまう。 「···辛かったら横になれ。」 「ん····」 ダルそうな蒼牙にそう告げ、首に手を回して引き寄せる。 その力に抵抗することなく蒼牙は身体を倒し、トスッ···と俺の膝の上に頭を乗せた。 「これ、温くなったな···」 寝ている間に貼っておいた冷却シートは熱を吸収してその冷たさを失っている。 ゆっくりと剥がして額に手を添えれば、蒼牙は気持ち良さそうに目を瞑った。 「ん···シートより、悠の手の方が気持ちいい···もう少しこのままで···」 ふう···と吐息を溢し、安心したように膝の上で身体の力を抜く蒼牙。 ····かわいいヤツ。 反対の手で柔らかい髪を撫でながら、俺は知らずと微笑んでいた。

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