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X'mas前5

side 蒼牙 頭を撫でてくれる手が気持ちいい。 けして柔らかくはない太股に頭を乗せているのに、どうしてこんなにも心地よいのだろう。 「···蒼牙、寝たのか?」 「···起きてる。ねえ、悠··」 「ん?なんだ?」 優しい声が降ってくる。 ダルい腕を持ち上げ、何度も俺の頭を撫でてくれる大きな手を掴んだ。 「···キスしたい。」 「なんだ、急に。」 目を開き悠さんの顔を見上げれば、照れたように笑う瞳と視線が絡まった。 「急にじゃないよ···いつも思ってる。けど、」 「けど?」 掴んだ手を引き寄せ、細い指先にチュッ···とキスを落とす。 ピクッと震えるその反応が愛しい。 「···今は我慢する。移したくないから。」 そう言ってジッと見つめればクスクスと笑われた。 「そんなの、今さらだろ。」 チュッ··· 身体を屈め悠さんが俺の額に口付けてくれる。 擽ったいその感触に目を細め、欲を抑えるように身体を横に向けて悠さんの腰に腕を回した。 今悠さんの顔を見たら、間違いなくその柔らかい唇を奪ってしまう。 そうしてギュッと抱き着くと、悠さんがモゾッと身動きするのが分かった。 「ッ、蒼牙···ちょっと離れろ。」 「ん~、なんで?」 どうしてそんなことを言うのか分かっててとぼけてみる。 この角度はちょうど悠さんの下腹部に俺の顔があたる。 わざとグリッと顔を押し付ければ、「っ、ふざけるな!」と頭を叩かれた。 「いった···ごめんね。」 「知るか。」 笑いながら謝れば、ふいっと顔を反らされた。 「うん、でも本当に···ごめん。」 もう一度悠さんに抱き着き謝った。 ごめん、明日はクリスマスイブなのに。 きっと俺の熱が下がっても、この人は俺の身体を気遣って外出しない。 それどころか俺のために明日は仕事をも休むだろう。 自惚れなんかじゃなく、それは確信めいた予感。 悠さんはそういう人だ。 自分のことには無頓着だが俺を甘やかすことにかけては天才的だから。 本当に、ごめん。 「········」 心の中で何度も謝り、思いを込めてギュッと腕に力を込めた。 すると思いの外強い力で身体を上向きにされ、真上から悠さんに顔を覗き込まれた。 「···別に気にすることない。逆の立場でもそうするだろ?有給も使わないと溜まるばかりだ。」 「·····なんで、」 見下ろしてくる悠さんと目が合い、戸惑う。 どうして俺の考えていることが分かったのだろう。 「あきれたヤツだな、お前。」 「え?」 そう言って悠さんは俺の頬を摘まんで引っ張ると、ニッと笑った。 「さっきから全部口に出てる。人の腹でボソボソとうるさいんだよ。」 「···うそ」 「ほんと。外出しないだの、会社を休むだの、お前を甘やかすだの···全部丸聞こえ。聞いてて恥ずかしいから止めろ。」 「············ウソだろ。」 クスクス笑う悠さんはひどく楽しそうで、優しい目をしている。 ···信じられない、まさか全部口に出してたなんて! 恥ずかしさで顔に熱が集まっていく。 それを見られたくなくて、俺はガバリと身体を起こすと片手で顔を隠した。 「ふっ、あはははは!」 そんな俺の様子がよほど可笑しかったのだろう。 声を出して笑う悠さんに、ますます恥ずかしくなる。 「っ、そんなに笑わなくても!無意識なんだから仕方ないだろ!」 そう言ってそっぽを向けば、「悪い悪い。」と頭を撫でられた。 「よし。じゃあ起きたことだし、雑炊作っておいたから少し食べろ。持ってきてやるから。」 「う~···」 子供のように拗ねていると「蒼牙」と名前を呼ばれ、肩を叩かれる。 「なに···っ、」 チュッ···· 渋々と振り向けば目前に悠さんの男らしい顔。 次いで唇に柔らかい感触が触れる。 「だいたい、移るならもうとっくに移ってる。どれだけお前とキスしてると思ってるんだ。」 「な···!」 あまりにも不意打ちのキスと台詞に、引きかけていた顔の熱が一気に戻ってくる。 咄嗟に口を押さえれば悠さんは満足そうに笑って身体を離した。 「ちょっと待ってろよ。すぐに温めてくるから。ちゃんと『うさぎさんリンゴ』も剥いてやるよ。」 「うさぎさんリンゴ···?」 「やっぱり覚えてないな。」 「······?」 首を傾げる俺にクスクスと笑うと悠さんはソファから立ち上がった。 「俺も流石に作ったことないからな。不細工なうさぎになっても文句言うなよ。」 キッチンに向かいながらそう言う悠さんはどこか楽しそうで。 ···ぜんぜん覚えてないんだけど。 ソファにドサリと身体を倒し記憶を反芻させるが、出勤してからの記憶が殆どない。 悠さんのあの口調からして、俺が『うさぎさんリンゴ』をねだったのだろうか? もしそうなら、どれだけ甘えたことを言ったのか···! いや、いっそ記憶かなくて良かった。 覚えていたら、恥ずかしさで悠さんの顔が見られないところだったに違いない。 キッチンから食欲をそそる美味しそうな香りが漂ってくる中、俺はソファの上でひとり頭を抱えた。

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