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子犬と蒼牙と癒し~おまけ~
side 蒼牙
「おやすみ、蒼牙。」
「おやすみなさい、悠さん」
寝室の電気を消し、いつもと同じように悠さんを抱き締める。
フワリと登る香りに胸が熱くなるのはいつものことで、穏やかな気持ちと沸き上がる欲に揺れながら眠る。
そうして暖かな体温を感じながらゆっくりと睡魔が訪れたころ。
「...クゥーン、キューン....クゥーン...」
リビングから聞こえてくる切ない鳴き声。
さっきまで一緒に過ごしていたのに、急に独りぼっちされて寂しいのだろう。
何度も鳴いては、ガタガタとゲージが揺れる音がしてきた。
「..........悠さん」
「なんだ?」
抱き締めたまま名前を呼べば、いつもと変わらない冷静な声が返ってくる。
「ワンコ、鳴いてます...」
「鳴いてるな。」
何でもないことのように言う悠さんに俺は少しだけ苦笑した。
「寂しいんでしょうか?」
「だろうな。」
あんなに可愛がっていたのにずいぶんとドライな態度に首を傾げる。
「.....俺、ちょっと様子を、」
「行くなよ。」
「え?」
『様子を見てきます』と伝えようとすると、思いもかけず強い口調で止められた。
思わず聞き返せば、悠さんは俺の方を振り向きながら困ったように笑った。
「見に行かなくていい。行ったら、『鳴いたら来てもらえる』って覚えるから。だから可哀想に思っても様子を見に行くなよ。」
「....分かりました。」
「ん、」
犬を飼ったことはないと言っていたけど...実は躾本は読んでいたのだろうか?
悠さんの犬に対する態度に感心しつつ、もう一度その身体を抱き締め直した。
「クゥーン、キューン....キューン...」
ガタガタッ....ガタッ、
「「...........」」
静かな室内に何とも微妙な空気が流れる。
「...切ないですね。」
「だな。.....行くなよ?」
「う~....はい。」
念を押されれば、コッソリ見に行くことも出来ない。
それでも諦めたのか、やがてリビングからは物音がしなくなった。
「......諦めたみたいですね。」
「............」
「悠さん.....?」
反応がないのを不思議に思いもう一度名前を呼ぶが、やっぱり返事はなくて。
....すごい、寝てる。
子犬がキュンキュンと泣いている中、平然と眠ってしまった悠さんに感心する。
そうして「おやすみなさい。」とそのサラサラな髪に口付け、俺も深い眠りについたー。
そして翌朝
「おはようござ...」
「『待て』!」
「え、はい!」
寝室からリビングへと向かい聞こえたのは、厳しめな悠さんの声。
条件反射でついその場に止まり、見てみれば...
「『よし』......お前、賢いな。」
微笑みながら子犬の頭を撫でている悠さんと、嬉しそうに餌を食べている子犬。
『待て』って....
ワンコを躾中の悠さんの声に反応してしまった自分が可笑しくて、つい笑ってしまう。
「おはよう、蒼牙。」
俺に気づき、ワンコを撫でながらフワリと笑う悠さんは綺麗で。
うん。
子犬と悠さん、すごく良い....
楽しそうにワンコの世話をする悠さんに惚れ直しつつ、やっぱり若干の嫉妬をしてしまう。
もしかしたら『妻に子供ができた夫』って、こんな気分なのかもしれない。
「おはようございます、悠さん」
しゃがみこんだ悠さんを背後から抱き締めながらそんなことを思う。
そうして、そのままキスをしようと顔を傾げれば...
「あ、キスはダメだぞ。」
「え?なんで..」
「さっき、こいつにおはようのチューした。まだ口洗ってないからキスはしない。」
「え、えええ!?」
まさか、そんな....
するりと俺の腕から抜け出し洗面室へと向かう悠さんと美味しそうに餌を食べる子犬。
「悠さんのキスをお前に奪われた....」
朝一番のキスを奪われたショックから、ついつい子犬をジッと見つめてしまう。
明日からは早起きしよう。
絶対そうしよう。
来週末までの変な決意を胸に、小さなその茶色い頭をクシャッと撫でたー。
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