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第4話 兄の好きなタイプ

        *  知矢が典夫のその言葉を聞いてしまったのは、ほんの偶然だった。  その日、知矢の高校は三者面談のため昼までだった。本当なら親友の裕二(ゆうじ)と映画を見る予定だったのだが、裕二に急用ができてしまいぽっかりと時間が空いた。  暇を持て余した知矢は兄の大学に遊びに行こうと思いついたのだ。  兄の通う大学は知矢の志望校でもある。年齢差があるので一緒にキャンパスライフを楽しむという未来は望めない。だが、学ぶことの多い大学だと聞かされているから典夫に勉強を見てもらい今から受験に備えている。  ……お兄ちゃんが留年でもすれば一緒に通えるかもしれないけど、成績はトップクラスだからなー。  そんな少々不真面目なことを考えながら兄の通う大学へと向かう。  ラインもしていないので典夫はこの日知矢が大学へ来るなんて全く知らない。完全なサプライズだ。  昼を少し回ったばかりなので典夫はまだ授業中かもしれないけれど、昼食はいつも学食を利用していると聞いてるので、そこで待てば会えるだろう。  大学の案内板で場所を確認して向かっていると、途中目の前の建物から学生がぞろぞろと出て来た。  どうやら講義が終わったらしい。  たくさんの大学生の中でも一際目立つ美麗な容姿、輝くようなオーラ、兄の典夫だ。  しかし知矢がその愛しい恋人でもある典夫に声をかけずにとっさに死角になる場所へと身を隠したのは兄が大勢の女性に囲まれていたからだ。  典夫が女性にモテるのは分かり切っていることだけど、やっぱりいい気はしない。  典夫に群がる女性たちは皆綺麗に化粧を施し、お洒落をして、とても大人っぽい。  知矢はつい自分と彼女たちを比べてしまい卑屈になってしまうのだ。  ――――僕の悪い癖だ。  お兄ちゃんは僕を選んでくれたのだから。それも実の兄弟という重い枷を取り払って、  何も隠れることなんてない。「お兄ちゃん」っていつものように笑って声をかければ、典夫もまた驚きながらもきっと笑い返してくれるはず。 「お兄ちゃ」  知矢が一歩足を踏み出そうとして時、艶やかな美女が典夫に問いかけた。 「典夫くんってどんなタイプが好みなの?」  知矢の胸がドキッと跳ねる。  踏み出そうとした足を引っ込め、死角になる場所で身を縮こませ兄の答えを待つ。  典夫は少しだけ考える素振りを見せた後、口を開いた。 「髪の綺麗な子」  質問した美女の顔がパァと明るくなる。何故なら彼女の髪は腰まで伸ばしたストレートで艶やかに光っていたから。  これで明日からはそこいら中で髪を丹念に手入れする女性たちで溢れかえる結果になるだろう。  結局知矢は兄に声をかけることができなかった。なんだか複雑な気持ちだ。  僕はいったいお兄ちゃんになんて答えて欲しかったんだろう? 『好きなタイプは?』『弟みたいな子』とか?  そんなふうに答えたら、皆ドン引きするか、ジョークにしか受け取らないに決まってる。  トボトボと家への道を辿りながら、綺麗な髪のイメージを思い受かべる。  うーん。コマーシャルに出て来るような風に揺れるロングヘアといった感じ?  あの、お兄ちゃんに問いかけをした女の人のような……。 「やだな、なんかモヤモヤする」  口の中で小さくごちる。  兄にとっては恋人と好きなタイプというのは全然別物なのかもしれない。  でも知矢は兄の全てを自分のものにしたい。例えどんな小さなことでも兄が自分以外を思うのは嫌だった。  やきもち焼きで独占欲の塊だと自覚しながら、知矢は自分の髪にそっと触れる。  ロングヘアではないが、知矢だって自分の髪は気に入ってる。なんてったって兄と同じ髪色、髪の質感なのだから。伸ばせばきっと綺麗なロングヘアにはなってくれるだろう。……が。  男の自分が髪を伸ばしてもお兄ちゃんは魅力を感じてくれるのか?  一抹の不安を感じながらも、それでもやはり髪を伸ばそうと思った。  いつだってお兄ちゃんの一番でいたい。  知矢は家へ向かう途中でドラッグストアにより、財布の中身が許す限りヘアケア用品を買い込んだ。

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