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第5話 知矢だけの兄と嫌な想像と

    * 「知矢、そろそろ髪を切りなさい」  兄の典夫がバイトでいない夜、知矢がリビングでホラーのブルーレイを観ていると母親が注意して来た。 「やだ」  短く答えると、知矢は自分の部屋へと逃げ込んだ。  母のお小言はしつこくて長い。まだまだ髪を伸ばす気まんまんの知矢にはうるさいだけだ。  髪を伸ばすと決めてから一か月余り、耳が隠れて襟足も随分伸びた。  それでもコマーシャルのようなサラリとしたロングヘアになるまで道は遠い。前髪は目に入ると鬱陶しいので自分で適当に切っているので、そこまでイメージが変わった気がしないのだが。  今のところお兄ちゃんも何も言わないし。  鏡とにらめっこしていると、玄関のドアが開く音がした。  典夫がバイトから帰って来たらしい。  知矢は文字通り転がるように走って迎えに出た。 「おかえり! お兄ちゃん」  兄を迎えるとき自分でも顔が綻ぶのが分かる。そしてまた典夫も、 「ただいま、知矢」  他の誰にも見せることのない笑顔を見せてくれる。  不意にリビングの扉が開き母親が顔を出した。 「典夫、帰ってたの? ごはんは?」  すると典夫は途端にいつものクールな顔になり、 「まかないを食べて来たからいらない」  そっけなく答える。典夫は母親にさえめったに満面の笑みなんて見せない。甘くとろけるような笑みは知矢だけのものだ……現在は。知矢の心に微かな影が差す。  お兄ちゃんの過去ははっきりとは知らない。知りたくない。  ……未来は?  もし、お兄ちゃんの理想そのものの、サラサラのロングヘアの美女で性格も良くって、そんな人が現れたら……実の弟との禁忌の恋なんて気持ち悪くなって一気に覚めてしまうかもしれない。そんなことになったらどうしよう。

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