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2.秘密-2

 ひとりの夕食を終えて、薬を飲んだところでスマートフォンの着信音が鳴った。もう寝たいからと無視するつもりが、画面に浮かび上がった名前を見て、水澤は慌てて通話をオンにする。 「もしもし」 「あ、ヒロくん。あたし」  佐希子の声を聞くのは1ヶ月振りだ。仕事が忙しいのを理由に、彼女はメッセージも既読のままあまり返信してくれない。水澤も諦めてしまっているから、電話が掛かるほうが逆に面喰らってしまう。 「調子どう?」  一応気にかけているのか、佐希子は訊ねた。 「うん……まあまあだよ。そっちは?」 「もー大変。毎日4時半起きで出勤してる」  佐希子は息子を連れて家を出て、今は実家に住んで会社勤めを続けている。東京といっても端の方で電車の乗り継ぎも悪いので、通勤に時間がかかるらしい。 「保育園もまだ決まらないしさ。家で母さんに見て貰ってるけど、歩き回って目が離せないって愚痴られて……」 「朝陽《あさひ》、歩けるようになったんだ」  もう何ヶ月も会っていない我が子が、自分の知らないうちにどんどん成長しているのを知って、取り残されたような気分になる。 「よちよち歩きどころじゃないよ。かなりしっかりしてるから。あとで動画送るよ。やっぱり男の子だね、ばぁばがトイレ行ってる隙にリビングのテーブルによじ登って危なかったって」 「……」  佐希子の父親はまだ勤め人だから、朝陽の面倒は母親だけが見ているようだ。いくら子育ての経験があっても、還暦に近い年齢で動き回る乳児の面倒を見るのは体力的に辛いだろう。佐希子の母親は神経質だから、余計に消耗しているに違いない。 「うちの会社、企業内保育所ができて、まだ空きがあるんだよね。19時まで預かってくれるから、すこし残業できるし。でも、片道1時間以上ラッシュの中を連れて行くのはちょっと……」  水澤から連絡してもまったく反応がない佐希子が、ただお喋りをしたいがために電話してきたとは思いにくく、なにか用事があるのだろうが、親に頭を下げて子供を預け、会社でも気を遣いながら定時で退社して1分でも早く帰宅して……ストレスも溜まるはずで、別居しているとはいえ夫に愚痴りたくもなるのだろう。 「なら、こっちに戻って来いよ」  駄目もとで水澤は提案してみたが、佐希子は黙り込んだ。ほんの1、2分の沈黙だったが、掌がじっとり濡れるほど嫌な静寂だった。 「ゴメンね、今は無理」 「……そうか」 「まだ、気持ちの整理がついてなくて」  電話越しに佐希子は長い溜息をついた。 「ほかになんか用件は?」 「あ、そうそう。ヒロくんの住民票を送って欲しいの」 「どこで使うんだ?」 「市役所」  佐希子はそれ以上口にしなかったが、おおかた別居中であることの証明にでもするのだろう。 「わかった。できるだけ早く送るよ」 「ありがと」  電話が切れ、ふたたび水澤はひとりになった。  胸の奥にじわじわと闇が広がるのを感じ、水澤はかなり迷ってから薬袋に残っていた安定剤を規定の倍量飲んだ。しばらくすると眠気とともに思考を強制的に遮断されるような感覚が起き、体に力が入らないままフラフラとベッドに向かった。  そのまま、泥のように眠った。

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