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4.ランチ仲間-1
四半期に一度、業界団体から社員向けに情報紙が送られてくるのだが、社員全員に配布するのでかなりの部数になり、仕分けは面倒な作業である。水澤は先輩社員の杉本と、例の第3会議室で課ごとに仕分け作業をし、台車で各フロアに運んでいた。杉本は総務課20年の超ベテラン女性で、歴代の総務課長を陰で操っていると言われているが、本人は観葉植物に水をやるのがいちばん楽しいとはぐらかしている。
ようやく配布作業が終わってエレベーターに乗り込んだところで、昼休みのチャイムが鳴った。
「ギリギリ間に合いましたね」
昼食のために外に出る社員でエレベーターが混むところだった。ふたりが7階で大きな台車を運び出すと、日比野がすれ違ってエレベーターに乗っていった。すぐ後ろをがっしりした背の高い男がついていて、なにか話している。どこかで見た顔だと水澤は思った。エレベーターから十分に離れてから、水澤は杉本に訊ねた。
「課長と一緒にいた人、誰ですか?」
「営業部の芳賀さんよ。日比野課長の同期……第一営業課の係長」
顔の広い杉本はさらりと答えた。
「あ、係長なんですね」
「日比野課長と比べちゃダメよ。あのひとは特別なんだから」
「はあ」
確かに日比野を出世頭と考えるのはその血統からして無理がある。
ふたりは台車を倉庫に片付けた。
「芳賀さんはうちの課長とはずっと仲がいいみたいなのよねえ」
「そうなんですか」
「よくお昼一緒に行ってるし、たまに飲みに行くみたいだし」
「それくらいならよくあるでしょう」
五十近い杉本は身長が水澤の肩くらいしかないが、丸っこい体でせかせかと歩いてオフィスに戻っていく。
「だっていつもふたりきりなのよ。他にも同期がいるのにさ、いつもふたり……」
「はあ」
「こんなこと言ったらアレだけど、芳賀さんて特段仕事できるわけじゃないし、営業一筋だし、あんまり日比野課長と気が合うように思えないのよ……大学の同級生らしいけど」
「詳しいですね」
「経理の吉村さんが日比野課長ファンでさあ、情報収集してるのよね……フフッ」
ファンというか単なる噂好きではないのか。男女問わず、こういう人種は一定数いる。経営者の親族で未来の社長と目されている日比野などは格好のターゲットだろう。
まだなにか話したそうな杉本をやんわり無視して、水澤は財布を手にして部屋を出た。昼飯はコンビニ弁当で安く済ませたいのだが、職場にいると杉本のお喋りに付き合わなければいけないので、外に出ることにしている。牛丼屋などで簡単に済ませて、あとはオフィス街をウロウロしていることが多い。
階段を降りていると、後ろから声をかけられた。
「水澤さん、これからランチですか?」
水澤は足を止め、おそるおそる振り向いた。ここ1週間ほど避けていた小野塚が、屈託のない笑顔で立っていた。
「うん、まあ……」
「じゃあ、一緒に行きましょうよ」
断ろうにも理由が見つからない。小野塚に引きずられるような感覚で外に出た。
「今日はイタリアンの気分なんですが、いいですか?」
「構わないよ」
「行きつけの店があるんです、ちょっと歩くんで、急ぎましょう」
歩いているうちに、もやもやとした感情が胸の奥を支配し始めて、水澤は思い切って口を開いた。
「この前は……迷惑かけたね」
「まだ気にしてるんですか?俺、水澤さんに言われるまですっかり忘れてました」
店は雑居ビルの2階にあって、客のほとんどは女性のグループだった。男のふたり連れなどいないようだが、小野塚は気にしていない様子で店員に声をかけ、窓際の席に通された。
「俺は日替わりパスタセットにします」
メニューを見ずに小野塚は言った。たぶん、入口の脇に置かれた黒板に日替わりの内容が書いてあったのだろう。
「じゃあ、キノコのクリームソースにしようかな……」
「あ、それお勧めです」
小野塚は店員を呼んで注文をすると、ちょっと暑いですねと言いながら水をひとくち飲んだ。入社した頃に同期や先輩と何度か行った店であることを水澤は思い出した。すこし歩くのと、女性客ばかりで気が引けるのとで足が遠のいていた。
セットのサラダがテーブルに置かれる。
「ここ、よく来るの」
「そうですね。この辺のパスタ屋ではいちばん美味しいですから」
「サラリーマンが来る店って感じがしないからさ」
「俺は気にならないなあ。フツーにひとりで来るし」
どのテーブルも、限られた時間でお喋りと食事を最大限楽しむことに夢中で、周囲を見回す様子は無く、男がひとりだろうがふたりだろうが混ざっていたところで、気がつくこともないだろう。
「水澤さんがお酒飲むのは良くないってわかりましたから、たまにこうやってランチに行きましょうよ」
「それはいいけど、なんで俺と?」
「ほら、俺中途採用じゃないですか。同期がいないし、うちの課以外で良くしてくれるのって水澤さんくらいなんですよ」
「……そっか」
特別に親切にしてやったつもりもないが、小野塚がそうとらえているのなら、なにかの縁なのかもしれない。話していて不快になるどころか、なんとなく惹かれるものがあるのだから、たまのランチくらい付き合っても良いのではないか。
パスタが運ばれてきた。予想よりもキノコがたくさん乗っていて、水澤はなんとなく嬉しくなった。
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