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4.ランチ仲間-2

 小野塚とは毎週木曜日に昼食を共にすることになった。取り決めをした訳ではないが、木曜日の10時くらいになると小野塚からインスタントメッセージが飛んでくる。たまに連絡が来ないことがあると、急な出張や山崎の無茶振りで、ランチどころではないのだろうと察しはついたが、水澤はなんとなく落ち着かなかった。 「水澤さん、スマホの連絡先教えてくださいよ」  ふたりでラーメンを食べた帰り道、小野塚が急に言った。 「出張あるときは、朝メッセージ送りますから」 「別に気を遣わなくていいよ」 「俺が落ち着かないんで」  半ば無理やり連絡先を交換されてしまった。数人の親しくしている同期以外は会社の人間には教えていないのに、あっさり許してしまった。不思議なものだ。  すぐに、「よろしくお願いします」とよく見かけるトラ猫のキャラクターが頭を下げているスタンプが送られてきた。  よくあるチェーンのそば屋の前を通りかかり、ガラス張りの店内に何気なく目をやって、水澤はちょっと驚いた。日比野がそばを食べている。いや、サラリーマン御用達だし、水澤だって月に何度か通うくらいだが、テーラーメイドのスーツを着て行くような店とは思えない。  日比野の向かいには芳賀が座っている。芳賀はもりそば、日比野はかけそばを注文したようだ。日比野がなにか喋っているのがわかる。とても穏やかな表情だ。オフィスでの日比野も優しいけれど、上司としての威厳があるし決して部下に甘いわけではない。言葉はきつくないがやんわりと叱責している姿も見たことがある。しかし今の日比野は、上司としての仮面を完全に外しているようだ。 「あれ、総務課長ですよね」  店を通り過ぎてから小野塚が囁いた。 「噂はかねがね……なんか、うちの部長と仲悪いみたいですけど」  確かに感情的な山崎と、意外に理屈っぽい日比野は合わないだろう。 「格好いいなあ。あのひとの近くで仕事できるなんて、水澤さん羨ましい」 「……まあね」  ゲイの男に言われると、なんだか複雑だ。 「でもあのひと、若い頃は相当遊んでますね。俺にはわかります」 「わかるのか?」 「俺もそこそこ遊びましたからね」  小野塚はにやりとした。遊ぶというのが水澤にはよくわからなかった。大学ではハイキング同好会という全国の低山を歩くサークルに入っていて、雰囲気は緩いがいたって健全で、そこで出会った佐希子と付き合い始めたのもあり、夜の盛り場に繰り出すこともなかった。小野塚のいう「遊び」が酒を介した馬鹿騒ぎとセックスというのならば、水澤にはとんと縁が無かった。  ふたりで食事をしているときは、小野塚がほとんど一方的に喋っていて、水澤は相槌を打っていた。企画の仕事は華やかだがそれなりにストレスが溜まる。仲間内ではなく、外に発散する場が欲しいのかなと水澤は考えた。要はサンドバッグにされているのだが、辛さは感じないので付き合ってやっている。  そのうち、小野塚の話にひとりの人物が紛れ込むようになってきた。それは広報課の林原だった。企画課にいたときも総務課の今も、水澤とはなにかと付き合いがある。まだ若くて、ルックスで広報課に配属されたのではないかと勘繰ってしまうが、仕事はそれなりにこなしている。現在、ヒビノの調味料を使った若い層向けのレシピ本の企画が写真撮影まで進んでいて、プロモーション用の撮影もあるために小野塚と林原は接点があるらしい。仕事の話をすれば林原が出てくるので、水澤は言ってやった。 「君、林原みたいなのがタイプなのか」  小野塚の頬がすこし紅潮したような気がした。 「まあ……そうですね。どストライクってわけじゃないけど、いい線いってるかな」 「そんなに気になるなら、林原と昼飯に行けばいいじゃないか」 「もう行きましたよ」  あっさり認めたので、水澤は拍子抜けした。 「手が早いな」 「まだ何もしてませんよ」  小野塚は笑って、秋刀魚の塩焼きをほぐしていく。酒飲みらしく、内臓まで綺麗に食べている。 「林原くんはノンケですから、そう簡単に行くかどうか……今の感じなら、勝算はまあ3割かな」 「低いんだな」 「まだこれからです」  いつだったか、小野塚が「つれなくされると燃える」と言っていたが、簡単に手に入る恋など面白くないということか。 「あと何回かランチに行って……特に嫌そうじゃなかったら飲みに行こうかな」 「ふーん」 「なんかアドバイスくださいよ」 「君のほうが恋愛経験は豊富だろ」 「誤解だな。俺けっこう一途なんですよ」  小野塚が一途かどうかはともかく、社会人同士が恋愛関係を深めていく過程がどうもピンとこない。佐希子とはサークル活動でいつも一緒にいて、いつの間にか公認のカップルになってしまっていた。大学の外でも会うようになってはじめて、付き合っているのだなと自覚した。明確に交際を申し込んだわけではなく、ふたりの関係性はプロポーズするまで、曖昧なままだったと思う。  会社の同僚と付き合うとしたら、社外で会うしかないだろう。はじめのうちはかなり緊張するのではないか。考えただけでも背中が冷たくなる。

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