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4.ランチ仲間-3

「水澤さん、林原くんの趣味とか知らないんですか?」 「そんなに親しくしてないよ」  そこまで林原に気があるのか。水澤には関係のないことだが、手放しで応援したくない気がする。ひねくれているな、と自分でも思う。さすがに悪いかなと、 「飲みに行ったときは……甘いカクテルを飲んでいたかなあ」 と言ってみた。 「あまり飲めないんですか?」  すかさず小野塚が訊ねる。 「まあ強くはないだろうね……もう1年以上前の話だから、今はどうだか知らないけど。あとはなんだっけ?歩いてモンスターを集めるスマホゲーム。あれをやってたなあ」 「健康的ですねえ」  水澤も妊婦だった佐希子と運動のためにその手のゲームをやっていたことがある。モンスターを追いかけてひたすら歩くのは今の自分に合っているかもしれない。 「やっぱり正攻法で、飲みに行くかなあ。俺、日本酒派なんで、この辺のバーなんかはあまり詳しくないんですよ……二丁目行くわけにもいかないし、ね」  落としたい相手は気合いの入った店に連れて行くと小野塚は以前言っていたが、林原にはそこまで入れ込んでるのか。水澤は冷めた味噌汁を啜った。別に他人の恋路だ、気にする必要はない。  とはいえ、林原を「売った」気がして水澤の気分はあまり良くなかった。別に当たり障りのない情報しか伝えていないはずだが、罪悪感のようなものがある。こんな奴がいるから気をつけろよくらい言ってみようかと考えたが、小野塚がゲイというのはいちばんの秘密で、水澤の秘密を彼が守ってくれている以上、これを漏らすわけにもいかなかった。結局のところ、なんだかよくわからないモヤモヤした感情を持て余したまま、水澤は日々を過ごすしかなかった。  それから数日後の昼休みだった。例のごとく杉本のお喋りから逃れ、水澤は外出しようと財布を片手に階段を降りた。エントランスは待ち合わせの社員で混雑している。その中で連れ立って歩く小野塚と林原を見つけた水澤は、思わず引き返そうとした。しかしエレベーターから社員が次々と出てきて、その中に山崎がいたので、進退窮まってしまった。身動きがとれずにいるうちに、運悪く林原と目が合った。 「水澤さん」  林原が親しげに手を振る。彼は最近よく放送されている、食品メーカーを様々な視点から紹介する番組に何度か出演しており、端整な顔立ちの割に「天然」なキャラクターが、ギャップがあって良いと女性視聴者の人気を集めている。彼はズブの素人で、カメラが回っていなくてもすこし間の抜けた性格であることは、水澤もよく知っている。 「これから昼飯ですか」 「うん、まあ」 「一緒に行きませんか?小野塚さん、知り合いでしょ」  林原の言葉にはなんの迷いもない。キリッとした風貌の割に笑顔は幼く、可愛らしさすら感じる。隣に立つ小野塚は何も言わないが、水澤はなんとも嫌な感じの視線を感じた。 「いや、銀行に行く用事があってさ」 「そうなんですか」  林原は残念そうな顔をした。 「また今度行こう」  早口で言って、水澤は逃げるように自動ドアを抜けた。数件先の銀行まで歩いて振り返ると、小野塚と林原が横断歩道を渡るのが見えた。水澤は安堵し、そのまま歩き出した。銀行に用事は無かった、あるわけがない。  あまり食欲がなく、どの店に入ったらいいかと水澤は迷っていた。しばらく歩くと、チェーンのそば屋が目に入った。以前、日比野と芳賀が食事をしていた店だ。食券機を前にして、日比野にはまったく似合わないなと水澤は思った。背後で咳払いがしたので、水澤は慌てて硬貨を入れ、きつねそばのボタンを押した。  3分もかからず湯気をたてた丼を渡され、水澤は混雑した店内を縫って空席を探した。結局、立ち食いのカウンターしか空いておらず、スーツとスーツの隙間に体を押し込んで、そばを啜った。  小野塚と林原は、どんな会話をしているのだろう。無性に気になったが、考えても仕方のないことだ。そばの味などわからないままなんとか食べ終えるとまだ12時20分で、あとの時間をどう潰せばよいか水澤は困惑した。結局、いつものように散歩をすることにしたのだが、コンビニや書店を冷やかすこともなくひたすら歩いて我に返ると、かかりつけの心療内科の入っているビルが目の前にあった。  昼休み終了ギリギリに自席へ戻り、何気なくスマートフォンに目をやると、小野塚からメッセージが届いていた。 〈さっきはありがとうございます〉  気をきかせたと思われたのか。彼らの間に割り込んだら、水澤自身が惨めになるだけではないか。空気を読んだわけではなく、早くあのふたりから逃れたかっただけである。  別に無視しても良かったのだが、水澤はつい相手をしてしまった。 〈どういたしまして〉  すぐに、浮かれたような文章が返ってくる。 〈今度、飲みに行く約束をしました♬〉  浮かれた記号を使いやがって。  チャイムが鳴り、水澤は慌ててスマートフォンを机の引き出しにしまい、パソコンの蓋を開いた。返信する義理もあるまい、どうせ舞い上がっていて自分のメッセージなど読み飛ばされてしまうのだから。胸の奥にもやもやとわだかまるものを感じながらら水澤は午後の仕事に取りかかった。

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