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「そういやさあ」
と、二人でレポートを仕上げようと竹本の部屋に行ったくせにお互い雑誌ばかり読んでちっとも先に進まないでいるとき、北井は竹本に訊いた。
「おまえって告白された最初っから郁見のこと、気色悪いとか思わないって言ってたけどさ、なんでなの。普通、思うんじゃねえの」
まあなあ、と竹本は、しばらく雑誌の水着姿のアイドルから視線を外さなかった。
それから、北井に問い返した。
「じゃ、おまえは、思ったわけ?」
「んー、そうだなあ」
持っていた雑誌を放り出し、北井は考えるように腕を組む。
「まあ、そういうやつもいるってのは知らないわけじゃなかったしさ、気色悪いとまでは思わなかったけど、なんか信じらんねえとは思ったな。どういう感じ? って。え、おまえを? って」
「おまえを? ってどういう意味だよ」
「だっておまえだろ?」
「まあいいけどさ」
そう言って竹本は、雑誌を閉じてベッドにもたれかかった。
天井を見上げるようにして話し始める。
「俺、親戚の兄ちゃんがさ、親父の年の離れた弟だから叔父さんになるんだけど、カミングアウトしたんだよな」
「え、マジで? ゲイだったってこと」
「そう。俺、小学四年か五年でさ、衝撃だったな」
「そりゃそうだろうな」
「それが親戚の間ですごいもめてさ。最後には勘当みたいになったんだよ」
「おまえんちややこしいからな」
「でもさあ、俺その兄ちゃんが大好きだったんだよ。優しいし、オシャレだったし、よく遊んでもらってたのにさ、急に一緒に遊ぶなとか言われてさ。兄ちゃんがすぐそこにいるのに、しゃべっちゃだめとか言うんだぜ。なんかおかしくねえか? って思ってさ」
竹本はあぐらをかいて体を起こし、そのときのことを思い出したのか難しい顔をした。
「別に兄ちゃんは何も変わってないんだよ。女になったわけでもねえし、今までの兄ちゃんと同じだった。そりゃ、兄ちゃんが好きになる相手が男なんだって思ったら変な感じはしたけどさ、それだけで、なんていうか、それまでの兄ちゃんが、突然違う兄ちゃんに変わったりすんのかなって。なんか言葉にすんのは難しいんだけど」
「まあ言ってる意味はわかるよ。郁見に対してだって、そんな感じなんだろ? 郁見がゲイだってわかったところで、郁見は郁見だってことだろ?」
「まあ、そういうことかな。でもおまえもそうなんだろ? だから郁見と今までどおり話すのも平気なんだろ?」
「たぶんそうなんだろうな。ただいろいろ気になるからさ、いい機会だから質問してみたくなっちゃって」
「訊き過ぎだよおまえ」
「やっぱり?」
「あいつが素直に答えてくれるから調子のりやがって。失礼だぞ、ああいうの」
「やっぱり?」
へへ、と北井は、悪気無く笑ってまた雑誌をめくる。めくりながらやはり、ちらりと竹本を見る。
「でもなあ、おまえかあ」
「何が」
「おまえを好きになあ」
「俺で何が悪い」
「悪かねえけどさ。おまえねえ」
いつまでも言ってろ、と軽く蹴りを入れて、竹本はお茶のお代わりを取りに階下へ降りていった。
それからもつい、北井は郁見のことをときどき覗き見た。
郁見の視線が竹本のほうへ向いたり、竹本の笑うのに合わせて郁見が笑ったりするのを目撃すると、そんなことは親しい友人や雑談する仲間内ではしごくあたりまえのことだとわかっていながら、やはり郁見はまだ竹本のことが好きなんだろうかと勘繰ったりする。
一度フラれているというのに、未練があったりするのだろうか。
そんなことを考えながらじっと眺めていると、不意に、郁見が北井のほうを向いて視線が合うことがある。
北井がぼんやりと郁見を見つめたまま視線を離さないでいると、なんだよ、とばかりに郁見が睨んでくる。
なんだよってなんだよ、と北井も睨む。そのあたりは郁見にとって意味不明だろうが、北井にとってもよくわからない。
ただ、ときどき無性に苛立ったりした。フラれたんだからいい加減あきらめればいいだろうに、と思ったりする。
そんな簡単なもんじゃないだろう、とも思う。
フラれたからって、はいそうですかと好きな気持ちが無くなるわけでもないだろう。
そんなことは百も承知のはずなのに、郁見を見ているとどうにも苛立つような意味のわからない感情が生まれて、北井自身も困惑しているのだった。
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