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南門から入ったところで、北井は竹本に出くわした。
普段、北井が利用する駅から大学に来ると、正門より南門のほうが近い。それで北井は基本的に南門を利用しているのだったが、竹本は普段正門を使っている。ということは、構内を突っ切ってここまで来て、北井を待っていたということか。
「よう」
「おう」
南門を入るとすぐに、プラタナスの並木道が続いている。朝とはいえけして弱くはない陽射しを、大きな葉が遮ってくれる。竹本はあたりまえのように北井に並んで歩き始める。
「講義室に行く前に、おまえに言っとかなきゃいけないことがあってさ」
「あ? 何だよ」
「驚くなよ」
「驚くだろうな、そんな前置きなら」
北井の軽口などまるで耳に入っていない様子で、竹本は神妙に言った。
「俺、郁見とつき合おうと思ってる」
「……は?」
「いや、意外とさ、いけるんじゃねえかと思って。あいつなら。ほら、なんか可愛いとこあるだろ。ちょっと天然っていうか。男相手ってどうかと思ったけど、想像してみると結構悪くなさそうなんだよな。だから昨日さ、会いに行って、土産渡すついでに言ってきたんだ。つき合おうって」
「……それで、なんつった?」
「ん? 何が?」
「郁見だよ。あいつ、何て返事したんだ」
「ああ。なんか、ちょっと考えたいって。気が動転してるって。照れてんのかな」
「ちょっと待て」
言わないのはフェアじゃない、と北井は思った。というよりも、言わずにはいられない。
「俺も言った」
「ん?」
「俺も、言った。あいつに」
「……何を」
「好きだ、って」
「……はあ?」
竹本は言葉を失う。驚かせようと思っていたはずが、思わぬ反撃をくらった形になる。
「え? あ? 何? おまえ、え? おまえ郁見のこと、好きだったのか? いつから」
「わかんねえよ。昨日まで俺、自覚なかったんだから」
「何だよそれ。ていうか、郁見、なんて。なんて返事したんだよ」
「そういや、そんなもん聞いてねえな」
聞かずにとっとと逃げ帰った気がする。
竹本は息をのむ。北井がそんなくだらない冗談を言うやつではないことはよく知っている。
まさかよりにもよって、北井が? 郁見のことを?
無言で、二人は目を見合わせた。睨みあっている、とも言えた。知らず、早足になっている。早足で、足並みをそろえている。そのあたりはやはり、気が合っていると言える。
講義棟に向かう途中で、郁見は竹本と北井に拉致された。
二人に会ったらどんな顔をすればいいのか、ひと晩悩んでろくに眠れなかったというのに、それどころではなかった。すごい形相で駆けよってきた二人に両腕をつかまれ、戸惑っているうちに講堂の裏まで連れ去られていた。
背の高い常緑樹に囲われた講堂裏は、ところどころにベンチが配されているが北向きで少々薄暗いため普段から人けが少ない。そんな場所があることすら、郁見は初めて知った。
「な、何?」
欅の大木の幹を背に、郁見は二人と向き合った。北井も竹本も、なにやら難しい顔をしている。かと思えば、タイミングを計ったようにお互いを指して声を合わせた。
「こいつに告白されたんだって?」
その剣幕に、郁見は小刻みに幾度もうなずいて返す。
どうやら二人は、ようやくその事実を知ったらしい。
勘弁してほしい、と郁見は思う。難しい顔をしたいのは郁見だって同じだ。
それで、と北井が言う。
「どうすんだよ」
「……何が」
「だから、おまえ、竹本とつき合うのかよ」
郁見は言葉に詰まる。結局、まだ答えは出ていない。すると今度は、竹本が詰め寄る。
「まさか郁見、こいつとつき合ったりしないよな?」
そんなこと、訊かれたって困る。何べんも何べんも、ベッドの中で煩悶 しながら考えた。こんな贅沢なことで悩むとは、思いもよらなかったことだ。
「わかんねえよ」
追いつめられて、郁見はついに吐露した。こうなったらもう、正直になるしかない。
「だって俺、初めてなんだよ。男から好きだって言われるなんて。嬉しいに決まってんじゃん。奇蹟だと思うじゃん。こんな奇蹟が同じ日に二回もあるなんてあり得ねえじゃん。北井のこと嫌いじゃないし、アリかなって思ったし、素直に嬉しかったし」
「え、マジで?」
「でも竹本がつき合おうなんて言うし、ずっと好きだったし、俺二人とも好きだし、どっちも選びたいよ。もったいなくて、どっちかなんて選べねえよ」
まぎれもない本心だった。どっちも好きだし、どっちも選びたい。
なんて浅ましい。
郁見は恥じ入る。きっと二人とも呆れているだろう。どっちも好きだなんて。二股してるやつの常套句じゃあるまいし。
伏せた目を上げられない。俺ってこんなやつだったんだ。
口に出してみて、改めて思う。最低だ。
「ごめん、ほんと、俺」
言いかけた郁見を、竹本が遮った。
「わかった。じゃあ、こうしようぜ」
郁見が顔を上げて竹本を見る。何を言い出すのだろうと、北井も注視している。
「試しに、両方とつき合ってみる」
「……え?」
「……は?」
唖然とする二人をよそに、竹本はいたって明朗だ。
「つき合ってみないとわかんないことってあるだろ? つき合ってみたら、どっちがいいか答えがでるんじゃないか? その後で、選んでもらう。そのほうが俺は納得できる。北井、おまえは?」
訊かれた北井は、訝しむ素振りを見せたけれど、それもわずかな時間で、決断は早かった。
「異存はねえな」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
慌てる郁見を二人が振り返る。
「なんだよ、なんか文句あんのか」
「だってそれじゃ」
郁見だけが戸惑っている。
「それって、俺だけが得してない?」
「……いいじゃん、別に」
「そうだよ。俺らがいいって言ってんだから、いいよ」
そんな。
発想が突飛すぎて、郁見は全然ついてゆけていない。何考えてんだ、こいつら。
「あ、やべ。授業始まるぞ」
腕時計に目をやった竹本が、言うなり駆け出した。え、と郁見が声を上げている間に、北井も駆け出している。事態を把握できないまま、つられるようにして郁見も二人の後を追った。
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