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 週明け、講義室で会った竹本は普段どおりだった。  つき合う、のは隔週の日曜日だけ。そういう約束だから、平日の今日はただの友だちだ。  そう思いはするものの、後方上部から漏れ聞こえてくる竹本の快活な声に、昨日つないだ手の感触が蘇り、郁見は落ち着かない気分になる。  だから今日はもう、友だちだってば。友だち、友だち。  この奇妙な感覚にはまだ、慣れない。竹本のほうはどうなのだろう。ちゃんと切り替えられているのだろうか。  北井も、いつもどおりだった。ちょっとだるそうに講義を受けていて、友人によけいな一言を言ってうざがられて、竹本が呆れてとりなす。  昨日どこに行って何をしてたとか、そんな質問はあたり前だが、してこなかった。あたり前かどうかは、郁見は知らない。郁見はそれまで友人とあまり、そういった会話をしたことがない。郁見に彼女がいなかったせいもあるだろうか、彼女のいる友人も逐一そんな話はしなかった。  つき合うって、どんな感じだろう。  郁見は初めての経験なのだ。竹本は、あんな感じだった。北井は、どんなふうに、つき合うのだろう。  そんなことが頭の中をぐるぐると回って、講師の話もろくに耳に入ってこない。平日は友だち。そう言い聞かせてみても、そう簡単に切り替えられるほど、郁見は器用ではなかった。そんな調子で、日曜になった。  今週は、北井の番である。  待ち合わせ場所に指定されたのは、大学の近くのブックセンターだった。早めに着いた郁見は、始めこそ真面目に参考書のコーナーをうろついていたが、そのうちマンガのあたりを冷やかして、最終的に文庫の新刊を熱心にチェックしていた。つい夢中になってしまい、本来の目的を忘れて見入っていたら、すぐ隣で声がした。 「へえ、ミステリーとか読むんだ」  はっとして振り返ると、郁見の手元を覗きこむ北井の横顔がある。 「わ、悪いか」 「悪かねえよ。俺も、こいつとか好きだぜ」  北井は棚に並んだ背表紙の一つを指さす。 「へえ。読んだことないな。面白いの」 「けっこうな。どんでん返しがすげえ。持ってるぜ。貸してやろうか」 「……うん、じゃあ」 「明日大学に持ってくわ」  本屋を出て、並んで歩く。北井と二人きりで出かけるのも、初めてだ。  変な感じ。郁見は思う。  二人きりとか、デートとか、変な感じだ。そういう郁見の心境を読み取ったかのように、北井が言う。 「おまえ、緊張してんだろ」  からかいを含んだ言いように、郁見はむっとする。むっとはするが、強く否定するのもカッコ悪い気がした。 「うっせえな」 「実は俺も」  軽い口ぶりで、北井は白状する。前を向いて少しふてくされたように、ちゃんと言う。 「なんか、緊張するよな。こういうの」 「……そうだな」  郁見はなんだか、安心した。そうか、北井もか、と思う。一緒だと、ほっとする。 「俺、見たい映画あんだけど、つきあってくんない?」  北井がそう言って、そういえばこれからどうするか、郁見は何も考えていなかったと気づいた。 「いいよ。何」 「ゾンビ」 「えー、なんだよそれ」 「ダメ?」 「別にダメじゃないけど」 「あー良かった。女の子だったらだいたい引くからな。初デートにゾンビ映画って。助かったわ、おまえが男で」 「なんだよそれ」 「おまえ映画とか何見んの」 「んー、何だろな。SFとか、アニメもけっこう見るかな」 「お、俺もアニメとか見るぜ」  それから、映画館に着くまで今までに見た映画の話になった。同じものを見ていたら盛り上がったし、見ていない映画には興味を持った。  ゾンビ映画は意外と面白かった。終わってから郁見がそう言うと、北井は喜んだ。竹本はダメなんだよな、ああいうの。そう言って、子どものようにはしゃいだ顔を見せた。  北井のそんな表情を、久しぶりに見た気が、郁見はする。ここ最近、北井はずっと不機嫌だった。その理由を、郁見は最近知った。  郁見がまだ、竹本のことを好きだと思っていたからだ。それは今でも否定できないことではあったし、現実に今は絶賛二股中なのだったが、北井の顔つきは明るい。二人とも好きだから選べない、と郁見が言ったからだ。胸の内が、じわりと熱くなる。  おまえが好きだからだよ。  そう言った北井の声が脳裏に蘇るたび、熱くなる。  腹減ったな、と言って北井は目についたファストフード店に入った。話をしながら郁見のポテトを勝手に食うので、郁見も北井のナゲットを勝手につまんだ。おまえ、ポテト一本とナゲット一個の違いわかってんだろうな、とムキになるので、しょうがないから残りのポテトを食っていいと言うと遠慮なくたいらげた。その代わり、ほら、とシェイクを差し出してくる。バニラの甘さが、咽の奥から鼻に抜けて広がった。 「この後どうする。カラオケでも行くか?」  北井の提案に、郁見は幾分驚く。 「カラオケとか、行くんだ」 「行っちゃ悪いか」 「何歌ったりすんの」 「ロックとか?」 「俺あんま行ったことねえ」 「アニソン歌おうぜ」 「マジで?」 「今日はアニソンしばりな」  そう言って、嬉しそうに立ち上がる。  なんか楽しいな。  知らず、郁見は心が弾んでいる。  こういうの、いいな、と思う。 「おい、何してんだよ。行くぞ」  二人分のトレーを持った北井が先に立って、ゴミ箱へ向かってゆく。おう、と郁見もあわてて立ち上がる。

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