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「今日何する?」  待ち合わせ場所のブックセンターを出ると、両手をスカジャンのポケットに入れて北井は言った。何するって言われてもなあ。郁見もつられてズボンのポケットに手を入れて立つ。北井が重ねて訊いてくる。 「どっか行きたいとことかねえの?」 「んー、特に」 「なんか見ときたいものとか」 「そういや俺、パーカー欲しいんだった。見に行っていい?」 「おう。行こうぜ行こうぜ」  ぶらぶらと、服屋を見てまわった。郁見が選んでいると、北井も自分の服を選び始める。 「これどうかな」 「お、いいんじゃね? こっちもいいぜ」 「どっちがいいだろ」 「こっちのほうが似合うと思うぜ」  始めこそパーカーを探していた郁見も、あちこち見ているうちにトレーナーやらシャツやらボトムスやらを手に取っている。体にあてたりはおったり、試着を繰り返してお互いの服を似合うの変だの言い合った。  何軒目かの店で、北井は持っていたジャケットを広げて見せた。 「ここのメーカー、俺も竹本も好きでさ」  シンプルで落ち着いたトーンの、生地の質のよさそうな服だった。こんな雰囲気の服を、確かに北井も竹本も着ていたことがあるような気がした。  そういえば、と郁見は思い出す。  北井は郁見と二人でいるときでも、平気で竹本の名を出していた。以前からの仲の良い友人なのだから、ごく自然なことなんだろう。  ならば先日はなぜ、竹本の口から北井の名が出たことに、郁見は気まずさを覚えたのだろう。 「そういやおまえ、竹本の誕生日知ってんの」 「え? 知らねえ」 「来週だぜ」 「マジで? あれ、おまえは?」 「おれはとっくに終わった。八月だから」 「そうか。おめでとう」 「どうも。なんかあいつに買ってやったら。ここのやつなら何でも喜ぶと思うぜ」 「そうだなあ。こないだから出してもらってばっかだしな。なんかまたさ、タダ券あるって言ってて」 「ああ、あいつ昔からそういうのしょっちゅうもらってくんだよな。羨ましいよな。あ、これなんかいいんじゃね? パスケース。ぼろくなって買い換えたいって言ってたし。そんな高くねえし」 「本当だ。これにしようかな」  そこで、ふと気づく。  竹本へのプレゼントを、北井に選んでもらってよかったのだろうか。  友だちならば、何にもおかしいことはない。でも、今の二人は、なんていうか。  郁見も北井につられてつい、普通に竹本の話をしてしまった。一緒にプレゼントを、選んでもらってしまった。  店を出ると、今度は北井がスニーカーを見たいというので、近くの靴の量販店へ入った。お手頃価格のスニーカーを、熱心に吟味している。その横顔を盗み見ながら、郁見は思う。  北井は、平気なのだろうか。  竹本のことを、意識などしないのだろうか。  郁見が考えすぎなのか。  北井といるときは、極力竹本のことを思い出さないようにしていた。なのに、名前を出されると否応なしに蘇る。  あの日の感触。あのときの動悸。  翌日に大学で会ったときも、竹本の顔をまともに見られなかった。講義室で座る席はだいたい決まっていて、郁見はいつも竹本や北井の一段下に座る。だから正面から顔を合わせないのは都合が良かった。でも最初の授業の始まる前に、竹本が後ろから呼びかけてきた。 「有」  はっとして、郁見は振り返り、北井と目が合った。あまり間髪いれずに、あ、悪い、と竹本の声がして、北井の視線が隣へ移り、それから逸らされた。竹本を見ると、すまなそうに小さく両手を合わせている。けしてわざとではなさそうだったが、郁見はあわてた。  ただ名前で呼ばれただけだ。別に恥ずかしいことじゃない。北井に聞かれたところで、つき合って、いるのだし、後ろめたいこともない。けれども。 「郁見?」  間近で北井の声がして、郁見は身をすくませる。 「聞いてるか?」 「あ、ごめん。何」 「だから、これどっちの色がいいと思う?」 「ああ、えーと、俺こっちの色が好きだな。でもおまえなら、こっちが似合う気がする」 「奇遇だな。俺もそう思った」 「じゃあ訊くなよ」 「だっておまえ、せっかく二人いるんだから一応訊いとかないとな」 「なんだよそれ」  その後も、決まった何かをするでもなく、通り沿いをぶらぶらと歩いた。隣で北井の持つスニーカーの入った紙袋が、歩く足に触れるたびカサコソと音をたてる。北井は両手をスカジャンのポケットに入れたままだ。友人どうしの気軽な会話の流れでつい、郁見は竹本の名を出してしまう。 「竹本ってなんであんなにタダ券持ってんのかな」  北井も気安く応じる。 「親父の会社の関係だろうな。系列グループのやつとか、優待券とか聞いたけど」 「系列グループ?」 「うん。ほら、ホテルとか」 「もしかして、竹本んちって、結構金持ち?」  そうだなあ、と言いかけて、北井が郁見のほうを見る。 「おまえ、全然聞いてねえの?」 「親父さんのお兄さんが会社やってるってのは、聞いたけど」 「タケモトグループだよ。コマーシャルとかでやってるだろ。ウィーウィルビー、とかなんとかって。知らね?」 「……聞いたことある」 「ホテルとか、ボウリング場とか、まああちこちだな。そういう関係のタダ券とか割引券がしょっちゅうあるんだってよ」 「え、じゃあ竹本って、将来はその会社を継いだりすんの?」 「そりゃあ、どうか知んねえけど、なんか今の社長やってる伯父さんには子どもがいねえみたいだから、どうなるかわかんねえとは聞いたことがあるな。まああいつの上に姉ちゃんが二人いて、養子とるかもとかなんとか」 「跡継ぎになる可能性もあんの?」  おいおい、と北井は立ち止まる。  街路樹の途切れたところが広場になっていて、噴水が水を噴き上げている。北井はその傍まで歩みよった。遅れてついてきた郁見を促して、幅広の縁に腰を下ろす。 「おまえ、もしかしてなんか、大げさなこと考えてんだろ。跡継ぎが男とつき合ったりしちゃやばいんじゃないのか、とか」  図星だった。ただでさえ、男どうしなんて将来に不安しかないのに、それが大きな会社の跡継ぎとなると、非難は必死だ。  北井が呆れた声を出す。 「やめてくれよな。俺がチクったみたいじゃんか。そんなんでさ、竹本が不利になんのはごめんだぜ」 「でも」 「あー、もう。なんて顔してんだよ」  うつむく郁見の頭を、北井がぐしゃぐしゃとかき乱した。 「先のこと考えたってしょうがないだろ。何だってなるようにしかならねえんだから。その時のことは、そん時に考えろ」 「まあ、そうだけど」 「しょうがねえから、メシ奢ってやるよ。バイト代入ったし」 「おまえ、バイトなんかしてんの?」 「単発のな。先週の土日はずっと冷凍庫の中にいたぜ。寒いのなんのって」 「冷凍庫で何してんだよ」 「仕分け作業とかな。牛丼でいいか? 特別に特盛でも許してやる」 「玉子は?」 「しょうがねえな。出欠大サービスだ」 「すげえ腹減ってきた」  調子いいやつ。歩き出しながら北井が笑う。  うるせえよ。言いながら、郁見も歩き出す。いつのまにか思わず、笑ってしまっている。

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