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 講義棟の前の、真っ黒でつるつるした流線形のモニュメントの下に竹本が座っていた。じきに講義が始まるという時間だった。北井は進路を変えて、竹本へと歩み寄った。 「何してんの」  やっと来たか、と竹本が立ち上がる。 「掲示板見てねえと思ったわ。一限目休講だってよ。どうする」 「あー、なるほど。そうだな、レポート書きてえから図書館行くわ。おまえは?」 「そうだなあ。朝メシ食ってねえから、なんか食ってくる」 「あ、そういやこれ」  北井は肩に引っかけたリュックから紙袋を取り出した。 「ほい。誕生日。今日だろ」 「お、サンキュ。あれ?」  受け取った竹本は、袋のロゴを見て首を傾げる。 「いつものじゃねえんだ」  特に決めているわけでもなかったが、二人とも同じメーカーを好んで以来なんとなく、その店でプレゼントを買うのがお決まりになっていた。この夏の北井の誕生日も、竹本はそのメーカーのTシャツを買って渡した。 「ま、たまにはいいだろ」  そっけなく、北井は背を向ける。そっけないのはいつものことだ。 「中身、何」 「ペンケース。欲しいっつってただろ」 「そうだっけ」 「そうだよ」  そういえば、そんなことを口にしたような気もする。でもそれより竹本は、パスケースがぼろくなったことを熱心に主張していたのだったが、北井は気づかなかったのだろうか。まあ、プレゼントなのだから文句は言えない。 「それよりさ」  紙袋を鞄にしまい、竹本は言った。 「今週の日曜、俺、法事に行くことになっちまってさ。俺の番だったけど、交代してもいいか?」 「交代?」 「そ。来週と交代。郁見と会うの、今週もまたおまえで、来週が俺」 「ああ、そういうこと。別にいいけど」 「じゃ、決まりな。あいつにも言っとく」 「おう」  北井と別れ、竹本は学食方面へ向かって歩きながら、不意に空いた時間をどう過ごそうか考えた。北井は相手にしてくれなさそうだし、他の友人たちは所属するサークルの部室に行くと言っていたのでそっちに顔を出してもいい。よし、そうしよう。そんなことを考えながら視線をあちこちへ飛ばしていたら、行く手を横切ってゆく郁見を見つけた。 「あ、おい。郁見!」  もとから痩身だったが、最近また少し痩せた気がする。細い首をめぐらせて、伸びた前髪をかき上げながら郁見が竹本のほうを向く。ぼうっとしていた顔がふわりとほどける。 「今日休講だって。聞いてるか?」  竹本が駆け寄ると、郁見はうなずいた。 「さっき聞いた」 「北井は図書館でレポートだって。郁見はどうすんの。俺今から学食で朝メシ食うんだけど、一緒にどう」 「あ、俺、教授に訊きたいことあって。さっき連絡したら、今空いてるらしいから」 「そうか。残念。そういえば今週の日曜さ」 「うん」  竹本より少しの背の低い郁見が、無防備な眼差しで見上げてくる。  つい先日まで友人だったのに、今はいわゆる恋人みたいな立ち位置にいる。郁見と出かけるのは少しスリリングで、楽しかった。次が一週先になるのは待ち遠しいが、しかたない。  北井に言ったのと同じことを説明すると、郁見も北井と同じような反応をして了承した。そして、そうだ、と言いながら、北井と同じような動作をした。つまり、鞄からリボンのついた紙包みを出したのだ。 「日曜に渡そうかと思ってたんだけど、持ってきててよかった。今日、誕生日なんだってな。おめでとう」 「わ、マジで? 誕生日知っててくれたんだ。やばい。サンキュ」  包みを受け取った竹本は、そのパッケージに思わず声をもらす。 「しかもこれ、俺の好きなメーカー。すげえ、嬉しい。開けていい?」 「もちろん」  丁寧に包みを開いた竹本は、中から出てきたパスケースを見て、複雑な心境になる。喜びと同時に、疑問が浮かんだのである。ただそれを、口に出してよいものか迷う。 「郁見、これって」 「ん? あ、気に入らなかった?」 「いや、全然。こういうのすげえ好き。パスケースがちょうどぼろくなってたからさ、欲しかったんだよ。マジありがとう」 「良かった」  そう言って顔をほころばせる。郁見のそんな顔を見るのは素直に嬉しい。  ただこれは、いったい誰が選んだんだろうか。 「じゃ、また後で」  郁見が何の屈託もない様子で踵を返す。その背を見送りながら、竹本はパスケースの包みを鞄にしまった。

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