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 講義終わりに立ち上がろうとした北井は、竹本に呼び止められてまた腰を下ろした。  下段にいた郁見も呼ばれて顔を向ける。  周りに人の気配のなくなるのを待って、竹本は北井に向けて言った。 「この週末さ、郁見と旅行に行ってきていいか?」 「……なんで俺に訊くんだよ」 「だってまあほら、一応な」  郁見があわてて立ち上がる。 「ちょっと待てよ、俺聞いてない」 「うん。今言った。そんな遠くないところでさ、一泊二日で。行こうぜ」 「でも俺、金ないよ」 「山ん中の旅館でさ、割引きくところだから大丈夫。郁見は心配しなくていいよ」 「でも」  郁見がうろたえている。傍目にそれを眺めながら、そんな顔もかわいいなあと、北井は思うようになってしまった。拗ねても、怒っても、かわいく見える。それでつい、かまってしまう。困ったもんだと思う。  そうか、旅行に行くのか。  郁見は必死に代金のことを訴えているけれど、竹本の調子に押されてきっと行くことになるのだろう。竹本はそういうところがうまい。  泊まりってことはやっぱ、エロいこととかすんのかな。北井は思う。『つき合って』いるのだから、当然のことだ。  いいなあ。 「やっぱだめだって、そういうの」  郁見がしつこく食い下がる。  こいつも、エロい顔とかすんのかな。すんだろうな。  見てえなあ。  つうか、見たかったな。 「だってもう予約しちまったもん」 「なんだよそれ」 「いいじゃん。行こうよ」 「俺、降りるわ」  突然横から差しこまれた発言に、竹本と郁見の押し問答が止まる。 「……え?」  頬杖をついて二人を眺めていた北井に、先に問いかけたのは竹本だ。 「おい、何つった」 「だから俺、降りるわ。この企画」 「なんでだよ」 「だって、そういうのアリなんだろ? そういうルールだったろ」  言いながら、北井は鞄を抱え直した。竹本はなおも体を乗り出してくる。 「まあ、そうだけど。おまえ、もういいのか? 郁見のこと」 「ああ。だからさ、俺のことはもう気にすんなよ。二人で決めたらいい」  じゃ、お先。と北井は席を立った。講義室を出てゆくまで、郁見の顔は見ていない。  だから郁見がどんな顔をしていたか、北井にはわからない。

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