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北井が最後に郁見と出かけた日から、ひと月近くが過ぎていた。
郁見と日曜に会うことがなくなった以外は、以前と変わらない日常に戻っている。
大学に行って、一般教養の講義で竹本や郁見と顔を合わせて雑談をする。
講義の始まる前と終わった後に軽く話す程度なので、あれから竹本と郁見がどうなっているのか、細かいことは知らなかった。
あれ、というのはもちろん、二人が旅行に行った週末のことだ。一泊する、といったら、何もないわけがない。そういうことを考えると気が滅入るので、北井はなるべく考えないようにしていた。
まあとにかく、北井は、降りた、わけで、そうなると自動的に、郁見は竹本とつきあうことになるに決まっている。だから、北井はわざわざ訊かないし、竹本もわざわざ言わない。
ただ、二人ともいつもの同じ席に座り、同じように笑って話している。だからうまくいってるんだろうと思っている。
そして、そういうのを近くで見るのは正直、まだしんどい。なので、北井は気を利かせてなるべくすぐにその場を離れるようにしていた。
だから郁見が風邪で休むと連絡があった週明けのその日、竹本に講堂裏へ連れていかれたのは意味がわからなかった。
「何だよ、話って」
北井は居心地悪そうに上着のポケットに両手を突っこみ、欅の幹にもたれかかった。あの奇妙な企画の始まった場所である。縁起は良くない。
対して竹本は、神妙な顔をして腕を組み、北井の目の前に仁王立ちしている。
「一コ訊きたいことあんだけどさ」
「おう」
「おまえってもう、郁見のこと好きじゃねえの?」
ストレートに訊かれて、返答に困る。
「……別に、最初からそんなんじゃなかったし。流されただけ、っていうか」
「嘘つけ。おまえ、そんなやつじゃねえだろ」
「どんなやつだよ」
「流されたとかで、好きだとか口走るようなやつじゃねえってことだよ。どんだけつき合い長いと思ってんだ。それくらい知ってる」
「……だったら何だよ」
「俺、郁見にフラれた」
突然の竹本の告白に、北井は唖然とする。
「え、マジで? いつ」
「旅行行ってすぐ後だよ」
北井は開いた口をさらに大きく開く。あれから、すぐってことか?
変わらない二人の様子からは、何も気づけなかった。
「なんで」
「知るか」
竹本の返事はそっけない。まあ、フラれたというのだから機嫌が悪いのもしかたがない。
北井は驚いたが、やはり心のどこかでは浮き立っていた。
そうか、郁見は竹本とつき合ってないのか。そうか。
竹本には悪いが、郁見が竹本のものではないというのが率直に嬉しかった。
本当は誰のものにもなってほしくない。もし誰かのものになったとしても、それを知らないでいたい。たとえ自分のものにならなくても。
誰のものでもないと思っている限り、狂おしさからは逃れていられる。
そういうような気持ちを隠すように、北井はあたりさわりのない感想を言った。
「へえ。やっぱつき合ってみないとわかんないもんだな、相性ってのは」
「おまえはバカなのか?」
北井の意に反して、竹本が正面から睨みつけてきた。
長く友人をやっているが、こんなふうに真剣に睨まれたのは初めてのことだった。
思わず、怯む。
「なんだよ」
「いいか、俺は、フラれた。おまえは?」
「はあ?」
「おまえはフラれたか?」
北井は何かを言いたかったが、言おうとしても何も出てこなかった。
竹本が何を言いたいのか、よくわからない。
もしかして竹本の言うとおり、俺はバカなんだろうか、と思う。
「どういう意味だ」
竹本が苦々しげに大きく息をつく。
「勝手に降りやがって。あいつはちゃんと選んだぞ。おまえにその気がないんなら、ちゃんとフッてやれよ」
「……選んだ?」
「ちゃんと選んだんだよ。でもおまえが降りたから、あいつはおまえを選べなかった。なんで俺がわざわざこんなこと、おまえに言ってやらなきゃなんねんだよ、ったく。世話が焼けるったらねえよ」
「……マジで?」
「俺だって癪だから、言う気はなかったんだけどさ。あいつ、最近痩せたの気づいてねえのか」
「マジで?」
よくよく考えてみれば、雑談を交わしながらもちゃんと郁見を見ていなかった。目を合わせてすらいなかったかもしれない。見るのがしんどかったからだ。竹本に向けてどんな顔をしているのか、見たくなかったからだ。
「元気なさそうだったしさ、ちゃんとメシ食ってんのかなって心配してたら、風邪ひいたとか言うだろ。もう見てらんねえし。こんなバカのためにさあ」
「バカ、って、俺?」
「他に誰がいんだよ」
「マジで?」
「今度そのセリフ言ったらぶっ殺す。さっさと行け、バカ」
竹本に追いやられ、半信半疑のまま北井は走り出す。
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