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第6話
会社に出勤したら、昨日の謝罪と、これからのことを真っ先に伝えようと思い、前園を探した。
昨日考え出した答えは、目の前の問題から逃げないこと。せっかく前園がくれたチャンスを諦めず、責任を持ってやりたい。
歩は目標であった通訳という仕事を、やり遂げたいと思っていた。
「前園さん、昨日は…」
「宮坂くん、昨日はあの後、吾郎さんところに行けた?大丈夫だった?」
前園に話を押し切られ、歩が謝る前に心配されてしまった。
昨日はフォルスを出た後、歩は前園に連絡していて無事だとはわかっていても、心配はしていたのだろう。
「ありがとうございます。後藤先生のところで薬を出してもらったので大丈夫です。今日は体調もよく問題ありません。昨日は、本当に申し訳ございませんでした。初日に失敗してしまいましたが、やりたかった通訳の仕事を、せっかくもらったチャンスなので、やり遂げたいと思っています。先方が許してくれるのであれば、お願いします、やらせてください」
「もちろん。先方から連絡あったよ。この後すぐ来て欲しいって。体調が問題なければ行ける?」
笑顔で送り出してくれる前園が、嬉しかった。
よし、と気合を入れて、歩は高層オフィスビルを下から見上げた。昨日と同じくその大きさに圧倒されるが、飲み込まれそうな感じはない。同じ間違いは許されないからと、今日は頓服薬も念のため飲んできた。誠心誠意やり尽くし、昨日の挽回を願う。
「宮坂さん、ようこそ。社長が、お待ちになってますよ」
吉川が今日も誘導してくれる。
「吉川さん、昨日は大変申し訳ございませんでした」
「大変でしたね。今日は体調に問題ないでしょうか」
にっこりと笑いかけられ、歩は内心ホッとする。
「社長、宮坂さんがお見えになりました」
「ああ。こっちで映像をすぐに見てくれ」
忙しそうに答える辻堂を見ると、今日もきっちりとした隙のない風貌であった。
「昨日は大変申し訳ございませんでした。本日は…」
「いいからすぐに確認してくれ」
強めの口調で辻堂に話を遮られる。
「ブラン共和国からのメッセージがきています。それを確認してもらいメッセージの内容を教えてください」吉川より説明を受けた。
メールに添付されていた映像には、
ブラン共和国の国王が映っていた。
吉川が、スタートボタンを押すと、
訥々と国王が語りだし始めた。
『私達の国は長い間、鎖国政策を取っていました。国内では、ほとんど争い事はなく、国民は安心して暮らすことができていました。鎖国を行ったことで、国民の価値観を統一し、平和な社会を構築していました。
ですが、このままでは外国の先進的な文化や技術から取り残される。海外の進んだ情報からいつまでも遅れをとってしまうと思い、私が国王になった時、鎖国をやめ開国しました。国民には、世界のあらゆる情報を自由に掴み、習得して欲しいと願ったからです。
開国をした矢先、当国の語学能力を持つギフト保持者が全員、ギフトを使えなくなるという症状が出てしまいました。
理由はわかりません。
ただ、私達はギフトメンテナンスというものを一度も行ったことがありません。
メンテナンスが出来ていないのが、原因なのかと思い、突然ですが連絡をしました。あなたの会社のことは、以前お忍びでそちらの国に行った時に聞いています。
どうか、助けてください。国民のためであれば私は最善を尽くします』
「そういうことなのか」
歩が国王の言葉を訳した後、辻堂は険しい顔を崩さず唸るように言う。
「社長、政府に連絡してきます。国連にも協力してもらいましょう」吉川が言い、そのまま席を立ち、せわしなく部屋を出ていった。
「ありがとう。助かった。言語が理解できなくては、何も始められないからな」
厳しい顔を緩めることはしないが、辻堂から嬉しい言葉をもらう。
歩は無事に訳せた事で内心ほっとしたが、すぐ表情を引き締めた。これで終わりではない、ブラン共和国の未来のために自分が出来ることをやらなければと強く思った。
「国王に返事をしたい。こちらも映像で返信を送りたいから、俺が書いたこの文章を読んでくれ。俺と一緒に映像を撮るぞ」
と、パソコンを準備される。緊張してきた歩の手を上から辻堂が、力強く握る。
「大丈夫。昨日のように手を握っていてやるから。緊張するな」熱がすっと引くように、歩も落ち着きを取り戻し、辻堂が準備した文章を読み上げることが出来た。
『あなたの言葉は理解できました。ギフトメンテナンスについては早急に協力します。また、政府と国連に連絡をしたので、そこの連絡も当面はうちが間に入り通訳を行います』
辻堂のメッセージは短い文章であるが、的確な指示であり、何よりも相手を安心させるだろう。その後もすぐに、ブラン共和国ギフトメンテナンスのプロジェクトをすぐに立ち上げ、部下に指示を出している。そんな辻堂を歩は、唖然と眺めていた。
「プロジェクトには一緒に入ってもらうから、これからは毎日ここに出勤してくれ。必要なものがあれば何でも揃えるから、吉川に伝えてくれればいい。それと、前園さんには俺から伝えておく」そう言って辻堂はやっと、歩の方を見た。
「なんだ気の抜けた顔して」
「すいません。ちょっと気になることがあったので。申し訳ございません仕事中に」歩にはどうしてもあのことが気になっていた。
「何が気になっているんだ。言ってみろ」
「あの…辻堂社長は、僕に触れても電気が走るような痛みを感じることはないのでしょうか」
「痛み?そんなものは何も感じない」
「それは、辻堂社長のギフトに何か関係があるからでしょうか」
「何言ってんだお前。俺は、ギフトは持っていない。ギフト無しだ」
ギフト無し。
この世の中、少数であるがギフトを持っていない人がいる。ギフト無しと呼ばれていた。
ギフトを持っていない人は、産まれた時に親からギフトを与えられなかった者、何らかの理由でギフトを手放した者などがいるらしい。
ギフト無しは差別の対象になってしまうこともあり、あまり公には伝えることはない。またギフト無しの人達の犯罪も増えてきていると聞く。
話には聞いていたが、歩は今まで会ったことはなく、辻堂が初めてだった。
超一流会社を経営している辻堂だから、かなり特殊なギフトの持ち主だと思っていた。なので、無防備にどんなギフトを持っているのかと、歩は聞いたのだ。
ギフト無しでここまで大きな会社を経営していくのは、世間的に難しく、並大抵の努力ではできないだろう。しかもこの会社の事業は、ギフトのメンテナンスだ。この人はどんなことをしてきたのだろう。歩が悶々と考えている間に、辻堂が距離を詰めてきた。
「どうした。ギフト無し、ヤバい奴、怖いって思ったか」歩の考えが読めたのか、意地悪な顔をして辻堂は言った。
「い、いえ。さっきの対応を見る限り、そんな人とは思えません」
とっさに答えた。だが、はっきりとした確信が歩にはあった。この人の手には安心がある。この人は僕を救ってくれた。それは歩が経験した事実だった。
「ま、隠すことじゃないしな。
みんな俺がギフト無しだって知ってる。それと、お前から痛みとやらを感じないのは、俺がギフト無しだからだと思うぞ」
あっけらかんとした言い方だった。さっきの意地悪な顔は、歩を揶揄ったのだとわかり改めて、辻堂を見つめなおした。
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