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第8話

車の中で、辻堂がテキパキと吉川に指示を出している間に着いてしまったが、ここは都会のど真ん中だろう。 緑がわりと多くあるように思う。 マンションエントランス入り口までのアプローチも長く、いわゆるタワーマンションという所だった。 エレベーターで鍵をかざすと辻堂の部屋迄しか止まらなく、他の住人と顔を合わせることはないようだ。歩の住むアパートとはだいぶ違うので、唖然としながら後をついて行くのが必死だった。 「ここはね、辻堂さんのプライベートマンションなんだ。空いてる部屋もあるし、まあ、広いから快適に過ごせると思うよ」 吉川に、さあ入ってと促された。 「お邪魔します…」と、部屋に入り歩は鞄を抱えながら、突っ立ってしまう。 外観にも圧倒されたが、その部屋の大きさ広さにも驚くばかりだった。 「吉川、適当に使える部屋に案内してやってくれ。俺は疲れたから風呂に入ってくる」 スーツの上着を脱ぎ捨て、辻堂はバスルームに消える。 「宮坂さんが使う部屋はこっちね。着替えとか、必要な物はこれから持ってくるから大丈夫、気にしないで。明日の朝は迎えにくるから準備しておいてね。それと、あの人プライベートでは結構ルーズなところあるから、気がついたら部屋の片付けしてくれるとありがたいな」 ケータリング頼んでおくからしっかり食べるようにと言って、吉川はどこかに電話をかけながら部屋を出ていった。 何が起こってるのか。今日一日がめまぐるしく過ぎて行くので思考が追いつかない。いや、昨日からもうめまぐるしかったんだっけと、歩は考えながらキッチンに行くと、辻堂がいた。 風呂上がりの辻堂は、スーツ姿より更に若く見える。ティシャツに下はスウェット、髪は濡れたままで、長めの前髪から水が滴り落ちている。ラフな格好をしているが、男の色気がダダ漏れである。 「辻堂社長、あの…」 「家で社長はやめてくれ」 「辻堂さん…」 「辻堂さんもやめてくれ。吉川を思い出す。仕事から抜け出せない。伊織だ。下の名前で呼んでくれ。お前は、宮坂…」 「宮坂歩です」 「歩、とにかくお前も風呂入ってこい。そろそろ吉川が着替えを持ってくるだろうから」 バスルームまで案内され、ゆっくり入ってこいと言われる。広々とした浴槽は気持ちがよく、大きく伸びをしてみた。ずっと緊張してたから、体がこわばっていたが、それも少しづつ解れていく。 (なんでこんなことになったんだろう) 自分は案外大胆なのかもしれない。 昨日知り合った人の家のお風呂でくつろげるなんてと、歩は自分を客観的に見て苦笑いをする。 (なんか強引なんだけど、不思議と嫌な感じがしないんだよな) それは、あの人のあの手を知っているからだろうか。

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