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第13話
「番犬」
「へ?番犬…ですか?僕ですか?」
突然の来客は吉川 だった。
「宮坂さんは、番犬とはちょっと違うなぁ」とクスクス笑っている。
「番犬いませんか?どこ行ったの?」
「え?」
「辻堂さんですよ。どこか行きました?」
吉川は辻堂を、何故か番犬呼ばわりし、いつもより砕けた口調で話し出す。フランクな感じの吉川に歩も少しホッとする。吉川が訪ねてきたのは、緊急の仕事が入ったと思ったからだ。
「伊織さん…辻堂社長はジムに行きました。身体がウズウズするって言ってましたから」
「伊織さんね…身体がウズウズね…」
慌てて辻堂社長と言い直したが、吉川には「伊織さん」と呼んでいることを拾われてしまう。
吉川の笑い声は更に大きくなり、ゲラゲラと笑い出す。仕事中は、冷静沈着な人なので、声を上げて笑う姿は意外だ。
「なんで笑うんですか。辻堂社長は、もうすぐ帰ってくると思いますので、どうぞこちらで。コーヒーと紅茶どちらがいいですか?」
笑っている吉川をソファへ促す。
「ありがとうございます。ではコーヒーを。カップケーキ持ってきたので宮坂さんも一緒に食べましょう」
甘いものは好きだ。大好きの部類に入る程だ。吉川が持ってきてくれたカップケーキは甘くて美味しい。ひと口食べて、うーんと唸る。いっぺんに2つはペロリと食べれるなと、歩はカップケーキを見つめてしまった。
「それで…部屋は綺麗にしてくれてますね。ありがとうございます。あの番犬…いや、辻堂さんと生活すると大変でしょう。何か困ってることとか、必要なものありますか?それと、体調はいかがですか?」
「はい。ありがとうございます。体調も悪くなく、あれからあの症状は出ていません。それから…ちょっと聞きたいことが…というか、教えてもらいたいことというか…」
吉川は以前、辻堂はルーズなところがあるから、部屋の片付けはなるべくして欲しいと言っていたが、実際はそんなにルーズではなく、部屋の片付けも洗濯も率先してやってくれると歩は思っている。やろうとすると、「やらなくていい」と奪い取り辻堂がやってしまう程だからだ。なので、歩がやることといったら料理くらいしかなく、お世話になっている身としては、これでいいのだろうかと考えてしまう。
「なるほどね。それはまた凄い話を聞いたな。辻堂さんを手懐けるなんて、なかなかやりますね、宮坂さん」
「そんなんじゃないですよ。なんだろ、やっぱり電化製品に僕が触れると壊してしまうからだと思うんです。それと、辻堂社長は面倒見がいいですよね。人のことをよく見ているというか。僕の体調も悪くならないようにと、だから…」
「だから?何かありましたか?」
聡い吉川には気がつかれてしまう。
恥ずかしくて知られたくなく、とっさに言葉を濁した。
(だから、キスをしてくれるのでしょうか)
と本当は聞きたかった。
「辻堂さんは、ギフトなしだと本人から聞いてますよね。なので、それがありのままの姿なんです。なんかの能力で面倒見てるとかはありません。単純に本人がやりたくてやってるんでしょう。まあ、面倒見がいいなんて、私が知る限りあまりありませんけど。それに、電化製品壊されるからなんて理由は、ないない。壊れたってそんなこと全く気にしない人ですから」
相変わらず吉川は笑っている。
ほら、2つ目食べましょう。美味しいでしょうと、カップケーキを勧められた。吉川にはきっと、歩の気持ちはお見通しなのだ。
「そうでしょうか。ますますわからなくなってきました。このままでいいのでしょうか」
「宮坂さん、あまいですよ。まだまだ手加減してますからあの番犬は。面白いですね」
いいのだろうか。体調はすこぶる良い、仕事も順調だ。初めて自分のギフトを使いこなしていると実感している。このままの状態であれば自分の家に帰っても大丈夫なのではと、思う。こんなにお世話になると、余計迷惑をかけてしまうのではと、考えることがある。ただ、考えると寂しくなる気持ちが込み上げてきて、帰った方がいいかと聞くことが出来ない。自分勝手だと歩は思っていた。
「そんなに色々考えなくていいですよ。
このままここに居てください。それは私からのお願いでもあります。私でよかったら相談にのりますから、何でもおっしゃってください」
吉川に、心の内を読まれてる気がするが、相談できる人がいるのは心強かった。
今ここに辻堂さんが帰ってきたら、不機嫌になると思うよと、吉川がケラケラと笑いながら言っていた矢先に、辻堂が帰ってきた。
「何してる」
不機嫌な声で辻堂が吉川を見て言った。
「ほらね」吉川は楽しそうに歩を見る。
「あの、すいません。つい話し込んでしまいました。吉川さんは辻堂社長にお話があったのに、連絡もしないですいません」久々に見る不機嫌な伊織に圧倒されて、歩はおろおろしてしまう。
「ああ、お話がありました。莉緒さんからギフトメンテナンスしたいと連絡がありました。辻堂さんと連絡が取れないって心配してましたよ。一度連絡するか、家に行って顔出してきてください。私からは以上です。それでは、宮坂さん貴重なお話ありがとうございました。失礼いたします」
吉川はニッコリ笑いソファから立ち上がり、帰り支度をした。
「莉緒か。わかった」そう言いながらも、まだ辻堂は不機嫌そうだった。
「吉川と何を話したんだ?体調は大丈夫か?」吉川が帰って早々に聞かれた。
「何って、あの…このままここでお世話になってていいのでしょうかと聞いていました。何も役に立っていないと思うんです、僕…」
「ん?役に立ってるじゃないか。それにまた熱が溜まってきたらどうする。まだ自分でコントロールするには早いだろう」そう言うとさりげなく歩の頭を撫で、キスをしてきた。
「…んっ、んんっ」いきなり深いキスになり、また性急なキスに歩は驚くが、
キスは深ければ深いほど気持ちがいいと
昨日から知っている。
「甘いな…」キスを解いた辻堂は、ぺろっと歩の唇を舐めた。
「カップケーキ…食べます?」という歩の言葉に一瞬唖然としたが、辻堂の顔にやっと笑顔が戻った。
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