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第18話
「宮坂さん、よくわかりましたね。国王に何かありそうだって」
官邸から帰る車の中で吉川が言った。
「はい。言葉のニュアンスで感じたんですけど…」
「よくやったな」
辻堂に頭をくしゃっと撫でられる。
「社長の決断はお見事でした。政府にも、国連にも貸しを作れましたし、これから更に忙しくなりますよ。腕が鳴るなあ」
吉川のギフトは、『マネジメント』なので、今の職業はまさに天職だと本人は言う。
「大学時代に辻堂さんに会って、無茶苦茶なことばっかりするから、この人のマネジメントしたくて、うずうずしてました」と、ケラケラと笑いながら、吉川は軽い口調で言うが、社長秘書ともなれば、仕事量は多い。社内各部門や外部との調整で大変なはずだ。
「明日から調整やり直しますから、分刻みに忙しくなりますよ。社長」
吉川は楽しそうに言った。
辻堂のマンションに到着すると、張り詰めていた空気が和らぎ、力が抜ける。
歩は着替えようと部屋に入ったが、気が抜けてしまったのか、そのままの格好でベッドにポスンと倒れ込む。
身体は疲れているのに、頭は冴えているから眠気は感じない。このベッドは歩が使うものとして渡されたが、毎日辻堂と一緒に寝ているため、もう何日もここで寝てはいない。辻堂の匂いもしないベッドは無機質なホテルのベッドに近く、それはそれで落ち着かない。
目を閉じてうつ伏せになったままでいたら、辻堂が部屋に入ってきた。
「どうした、大丈夫か?」
ベッドの端が軽く沈み、辻堂の匂いを感じた。ゆっくり目を開けて辻堂を見る。
「伊織さん。凄かったです」
「何がだ」
「あの場面で決断したことです。みんなホッとしたのがわかりました。伊織さんじゃないと決められないことだったと思います」
「いや、これからだ。まだ実行していない。この後、国王が全ての人を救うための手助けができるよう、実行しないとな」
「それでも…それでも、国王は問題を伝えられて、安堵したと思います」
「それは、歩が教えてくれたからだろ。それこそ、よくわかったな。人の微妙なニュアンスを汲み取ることが出来たから、問題を明るみに出せた。しかも、全員の言葉を正しく訳して伝えてくれているだろ。だから、みんなが安心しているんだ」
嬉しかった。通訳のプレッシャーはあるけど、辻堂の役に立つことが出来て、やっと一歩近づけたと思った。
「そうか、疲れて動けないのか。じゃあ連れて行ってやる。風呂入るぞ」
「へ、は?え、え?」
辻堂は、うつ伏せになっていた歩をひょいと横向きに抱き上げ、乱暴に足でドアを開けバスルームまで行く。
「わ、わ、降ります」
「急に動くなよ。危ないだろ」
広々としたドレッシングルームのベンチカウンターに歩を座らせ、辻堂は衣服を脱がし始めた。
「じ、自分で出来ます」
「じゃあ先に入ってるから、早くしろよ」と、さっさとバスルームに消えていく。
辻堂のマンションのバスルームはジャグジーの奥にテラスもあり、外にも出られて開放的だ。
男二人が入っても十分広い。
それでも一緒に入るのは気恥ずかしく、
服を脱ぐのもモタモタしてしまう。
辻堂のように常に堂々としていたいと思うのだが、中々思うようには出来ない。
意を決してバスルームに入ると、辻堂はジャグジーの中にいた。ざっと体を洗い、歩もジャグジーの浴槽に入る。
「お、お邪魔します…」
濡れた髪をかき上げ、後ろに撫で付ける辻堂の仕草に、ドキッとしてしまう。
男らしい精悍な顔立ちがより一層際立って見える。
「今日のことは…あれで良かったのだろうかと…考えてしまう…」
ぽつぽつと辻堂が話し始める。
歩は辻堂の隣に座り、黙って話を聞く。
「人種や民族の間にはそれぞれのルールがあるからな。関係ない奴が口出しするなって言われてもおかしくない…」
堂々たる態度の辻堂だが、心の中では葛藤もあったのだろうか。
「それでも…あの人が…国王が、俺を頼ってくれたことを忘れてはいけないと思う」
「そうですよ。国王が一番最初に連絡したのは伊織さんですよ。それに…友達って民族とか人種関係ないですからね」
思わず力が入って答えてしまった。
辻堂を見ると呆気に取られた顔をしている。
「友達?国王と?」
「いや…えっと…そんな」
ハハハッと辻堂は大笑いしている。
こんな辻堂は初めて見る。
「友達は失礼じゃないか」
「そ、そうでしょうか。そうかな…」
「でも、そうだな…歩、ありがとう。吹っ切れたというか、やるべきことがわかった」と言い、辻堂は歩を引き寄せキスをした。
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