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第20話

朝起きたら、隣に寝ているはずの辻堂の姿は無かった。歩はベッドを降り、リビングまで探しに行き、目の端に走り書きのメモを見つけた。テーブルに置いてあるメモを(つま)み読み上げる。 『緊急の仕事が入った。先に会社に行く。いつもの通りゆっくり来い』 多忙な辻堂は、朝は早く夜は遅くなる日がここ最近多くなった。ブラン共和国の問題だけではなく、その他の商談も重なっていると吉川は言っていた。 ベッドの中で辻堂の気配が感じられない日は、いつもより早く目が覚めてしまう。出勤までにまだ時間はあるので、ゆっくり支度をしようと、ウォークインクローゼットに行き、ガレットの空き缶を奥から引っ張り出す。 甘いものが大好きな歩に、辻堂が「差し入れでもらった」と言い、頻繁に色々なお菓子を渡してくるようになった。もらったガレットは、バターが口いっぱいに感じられ、言葉が出ない程、美味しくぺろりと食べてしまったが、その空き缶を捨てられず、クローゼットの奥にひっそりしまっていた。最近は、そのガレットの空き缶に、辻堂からのメモを入れていたのだった。 (コレクションになっちゃった…こんなの知ったら伊織さん引くよね…) パラリと辻堂からのメモを缶の中に仕舞い、またクローゼットの奥へ隠すように置いた。 会社に到着すると、空気が違うことに気がつく。いつもより更に忙しく殺伐としてる。 「宮坂くん、出勤したら吉川さんの所まで来てくださいってメッセージあったよ」 「ありがとうございます。行ってみます。それにしても…今日、いつもに増して忙しそうですね。皆さん」 「そうなんだよね。緊急依頼が入って、一部スケジュール組み直し。だからバッタバタだよ」 じゃあまたねと、慌ただしく仕事に戻って行く後ろ姿を眺めながら、気を引き締めて最上階の社長室まで向かった。 「宮坂です。失礼いたします」と ドアをノックしたら吉川が勢いよく出てきた。 「宮坂さん、パスポートあるよね?取ってこようか」 社長室に入ることはなく、そのまま歩の自宅まで吉川と一緒に、パスポートを取りに行くことになった。 「ブラン共和国に行く予定なんだ。宮坂さんも一緒に来てもらうね。プライベートジェットで行くから大丈夫、だけどパスポートは必要だから持ってこないとね」 「これからですか?まさか今日?」 「出来れば、今日の夜には出発したいな。この後、国王との会談が入ってるので、その時に今から行くと伝えるって、社長が言ってました」 「すごく急展開です」 「本当、強引だし、急だよね。だけど、今日の会談がチャンスなんだと思う。国連の前で伝えることは、内密で行くのではなく、正規ルートで会いに行きますよってメッセージになるから。それを狙ってると思います」 久しぶりの自宅は少し埃っぽかった。 パスポートは持っているが、飛行機には乗ったことがない。飛行機の中で、あの電気を放つ症状が出た場合、大きな事故に繋がるかもしれない。そう思うと怖くて乗ることはできなかった。 パスポートを見つけて歩は、玄関で待ってくれている吉川にそのことを伝えた。 「私は宮坂さんに触れることは禁止されていますが、辻堂さんがいるから大丈夫でしょう。熱が溜まってきても、いつものように、落ち着かせてくれるはずです。そのためのプライベートジェットです。大丈夫、安心してください」 「そう…ですよね。辻堂社長がいれば大丈夫な気がします。最近は体調悪くないですし、薬も飲まなくてすむようになりました。でも、吉川さんには怪我させちゃうかもしれないので、気をつけます」 「私が禁止されているのは、そういう意味ではありませんよ」 「え?」 「番犬、うるさいんですよ」 吉川の言った通り、今日の夜ブラン共和国に向けて出国することになった。 会談では、いつもの堂々たる辻堂が 「これからそちらに向けて出発します」と伝え、「待っています」と国王が笑顔で応えてくれた。 今から?と、そこにいる全員が驚いていたが、これも計画通りですねと、小さな声で吉川が呟いていた。

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