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第21話
プライベートジェットには、辻堂と吉川、そして歩と、その他4名フォルス社員の合計7名が搭乗した。
政府や国連関係者はひとりもいない。
ブラン共和国到着までは、フリーとなるため、個々に過ごしてくださいと吉川に言われていた。
プライベートジェットも飛行機も初めて搭乗する歩は、緊張から固まっていると、辻堂に後方の仮眠室に誘われた。
「ちょっと寝てろ。疲れるぞ」
辻堂はベッドに腰掛け、歩を寝かせた。
「電気が流れ始めたらどうしようって心配してるんです。飛行機だから、すごく心配です。緊張して熱が溜まってきちゃう…」涙目で訴える歩を、辻堂は声を抑え喉の奥で笑う。
「大丈夫だ、心配ない。ほら、手を繋いでれば治るだろ。少し寝てろ。寝るまでそばにいるから」
「寝れません…目が冴えてて、眠れません」
フフッと、辻堂が肩を揺らしてまだ笑っている。
「そうか、じゃあ…ちょっと話でもするか。もうちょっとそっち詰めろ」
と言い、手を繋いだまま辻堂も横になる。ここ最近は忙しく、ゆっくり話をするのは久しぶりだ。
「どんなところだろうな、ブランは」
辻堂が天井を見つめて話出す。
「そうですね…暑いですかね。どれくらかな、砂漠で暑いけどカラッとしてると聞いてます。海が近く魚介類が豊富だって言ってましたよね。甘いスイーツとかあるのかな」
「お前、甘いもの好きだよな」
「うっ…そうですけど…」
フフッと笑う辻堂はリラックスしているように見える。
「砂漠の国か…昔、学生時代に色々な国に行った。砂漠の国にも行ったな…バックパック一つで時間が出来るとすぐに世界に出て行ったんだ。俺がギフトを持っていた頃だ…」
「えっ…」
辻堂は、元々ギフト保持者であった。
かなり特殊ギフトで『持ち主が23歳になった時、自身で能力を一つ選択できる』というギフトを持っていたらしい。
「大昔、ギフトを作り出し世の中に広めたのは、辻堂家だ。長い年月をかけて、ギフトの開発を繰り返していたのだろう。世界でたった一つの特殊なギフトを自分の息子に入れたんだ」
ギフト開発の先駆者がこの国の人だというのは有名だが、まさかそれが辻堂の家だとは知らず、歩は驚いた。
特殊なギフトを持っていることが知れ渡ると、計算高い人間が擦り寄って来るようになったという。将来有望な人間に群がる人がいっぱい出てきたということだろう。
「俺は、自分でギフトの能力を決めれることに優越感を持っていた。何者にもなれると思っていた。だから、どんなギフトにしようかと考え、常に行動を起こしていたんだ」
金を稼ぐことも、金を使うこともやってみた。快楽も片っ端から手をつけて、女も男も抱いてきた。それは世界中どこでも同じで、どこに行ってもこのギフトをチラつかせれば、何でも思い通りに手に入り、何不自由なく暮らすことが出来ていた。地位や名誉さえも手に入れることは簡単だと辻堂は言う。
「毎日たまらなく、つまらなかった。友達も恋人も、俺のギフトが必要なだけで、俺自身には興味がなかったからな」
歩は、隣にいる辻堂の横顔を見つめる。
過去のことを淡々と話をするこの人は、今どれだけ心が強いのだろう。
「そんな生活にうんざりして、寄ってくる奴らに疑心暗鬼にもなってたけど、その時の経験があったから、ギフトを手放すことを決めたんだ」
「伊織さん…自分の意思でギフトを手放したんですか…」
「23歳になる前に手放す決断をした。その頃には金は稼げてたし、ビジネスとしての語学も問題なかった。だから、ギフト無しで生きていこうと決心していた。そもそも俺の持ってたギフトなんて何も使えなかったし、無いと同じだったからな。もうこれ以上、ギフトに振り回されたくない気持ちが強かった」
そんな顔するなよと、辻堂に鼻をつままれる。
「ギフト無しになったら、みんな離れていった。せっかくの特殊ギフトなのにって、口を揃えて言われたなあの頃…
唯一、吉川だけが面白そうに笑ってたな。なぜかあいつは、俺をマネジメントしたいって言い出して、俺のそばから離れなかった。少しづつ周りが静かになって清々した。やっとスタートラインに立てたと思った」
そう言う辻堂は、本当に晴れ晴れとした顔をしている。
「ギフトって…難しいですよね。うちの母は、将来困らないようにって僕に多言語ギフトを与えてくれたんです。伊織さんのご両親もきっとそうだったはずですよね。僕は、伊織さんみたいに強くないから、ギフトに頼ってしまう…伊織さんは強いです…自分で決断したなんて」
「どうかな。俺はずっと実験にされたと思っていた」
さらりと髪を撫でられる。
今の辻堂を作った過去がある。
過去も必要な通過点だったように感じた。辻堂を知る度に、日に日に惹かれていく。
「早く隣に立てるくらいになりたいです…」
「そうか、待ってるから。今はちょっと寝ろ」
辻堂に認めてもらえる人間になりたい。
考え始めたら、急にうとうととしてきた。このまま眠れるだろうか…
辻堂が仮眠室から出ると吉川がいた。
「随分と長い子守唄でしたね」
「やっと寝た」
「初フライトで緊張してましたからね」
吉川は腕を組み、辻堂をじっと見ている。
「なんだ」
「いいえ、昔話をするなんて久しぶりだなと。それと、私のくだりは必要なかったでしょう」
「子守唄だろ」
長身の男二人がニヤッと笑う。
その顔は、学生時代の顔だった。
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