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第35話
何年振りだろうか。完全に熱を出して歩は寝込んでしまった。風邪や病気ではなく知恵熱なので、電気を放つ症状は出ていない。過度の疲れやストレスが原因だろう。そこにプラスして、辻堂から溢れるばかりの愛の言葉オンパレードで、歩は完全に思考停止状態になってしまったようだ。
寝て起きてを繰り返し、目が覚める。
一瞬ここはどこだろうと、歩はぼんやり思い、辻堂のベッドだと次の瞬間はっきりとわかった。隣には少し難しい顔をした辻堂が、ノートパソコンを持ち込んでいた。
「大丈夫か?何欲しい、水か?」
ノートパソコンを閉じて歩に向き直る。
「伊織さん、仕事?」
「ああ…メールと吉川からの報告。だから大丈夫だ。リビング行くか?お腹もすいただろう」
歩を抱き上げて運び、リビングのソファに座らせる。
「もう大丈夫です。熱も引いたみたい」
「吉川が持ってきてくれた。フルーツと後は…アイスもあるぞ」
「アイスっ、アイス食べたいです」
熱が出てたので、冷やすためにアイスクリームを持ってきてくれていたようだ。
「はちみつミルクです。美味しい…」
冷たくて甘くて…ん?っと、歩は思い出すことがあった。飲み会で確か、『社長がアレもこれも彼女にスイーツを買い占める…』とみんなが言っていたことを。
「伊織さん、スイーツを買い占めしてるって飲み会で聞きましたけど…」
「歩、好きだろ甘いの。だから手当たり次第に取り寄せて、量が多いと吉川へ渡してた。家に持って帰ってきただろ?」と、後ろから歩を抱きしめながら辻堂は答える。
「ぼ、僕に?だったの?買い占めてるって」
「何が好みかわからん。だから、とりあえず総務の女性達に相談して、協力してもらっていた。それより飲み会っていつだ?」
心当たりはある。ガレットもマカロンも
差し入れで貰ったと言い、持って帰っては歩に渡していた。辻堂自ら買い占めてるとは思わなかったけど、歩は嬉しくて大切に食べていたのを思い出す。
みんなが噂していたことも、大筋では間違いではないらしい。恋をしていると良くない方に考えたり、戸惑ったりしてしまうんだなと、学ぶ。
「おい、いつだ?飲み会あったのか?」
「へっ?あ、ありましたよ。えーっと、
伊織さんが、莉緒さんのメンテナンスに入ってた日です。スペイン料理でした。美味しかったですよ」
「そうか…」と言った辻堂は後ろから歩の首筋にジュッとキスをした。躾がなっていない犬と呼ばれるようなマークも、歩から見えない位置に忘れずに付けておく。
また忙しい日々が少し続いたが、今では辻堂のベッドで二人は寝起きしている。
もうシングルベッドは使わないようにと、何度も辻堂に歩は念押しされた。
辻堂は、言葉で伝えず誤解があったことを相当後悔しているようで、今では惜しみなく愛の言葉を伝えるようになった。好きだ、愛してると朝晩はもちろん、帰りが遅くなる日は「愛してる、先に寝ててくれ」と電話もしてくるので、辻堂の後ろからは、「ここ、外ですからっ」と吉川の声が聞こえることもあった。
「歩、来週うちの会社のメンテナンス受けてくれ。俺も休みを取って一緒に入るから、もし体調が悪くなってもケア出来るように準備は出来ている。大丈夫だ」
今朝、出勤前の辻堂に言われた。
(き、きたーーー)
辻堂と約束をしていることがある。
抱かれるのはメンテナンスの時にして欲しい、それまで、心と身体の準備をしておくと歩は伝えていた。ただ、歩主導だと色々と考え出し、先に進まないため、歩のメンテナンスのタイミングは辻堂に任せていた。
その日がついに来たということだった。
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