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第40話 One year after story

ドーム型の滞在施設だけあり、風呂も外に作られていて開放的であった。周りに高い建物など何もないので星が近くに見える。 「最近は、家で一緒にゆっくり出来なかったですからね」 「…わかってるんだけどな」 ちゃぷんと湯が揺れた。風呂の中で歩を後ろから抱きしめ頸にキスをした。辻堂は久しぶりの歩に満足している。 溜まっていた思いを出し切ったというのだろうか。部屋に来た歩を早々にベッドに沈めた。 胸にじわっと安心という温かさが広がっていく。以前は歩なしでどうしていたのだろうかと思うほど、今は抱きしめていないと不安になる。 歩の頸から背中にかけてキスをする。抑えているものがまた溢れてしまいそうだ。   「だ、だめ…ここでは出来ません!」 振り返り辻堂を見て、声を抑えて歩が言う。頑張って睨んでいるつもりなんだろう。そんな顔をされると、もっと抱きしめたくなるとは知らないのだろうか。 振り返るからそのまま唇にキスをする。歩の唇は相変わらず柔らかい。 「んん…だ、だめだって」 動く度に湯が揺れ、水の音が激しく立ち上がる。歩が困っていく姿を見るのも好きだ。それもきっと歩は知らないだろう。 「じゃあ、どこならいいんだ?」 返事を待たずに抱き上げベッドルームに向かう。歩は少し痩せたかもしれないと感じる。家に戻ったら、構い尽くしてやりたい。 「明日も仕事だから…だからだめなんです…」 そうは言いながら甘えているのか、歩の両手は辻堂の身体に絡めている。辻堂もわかっているので無理強いは出来ない。 「わかった…我慢する。だからちょっとは触らせろよ。キスはいいだろ?」 またベッドに沈め、お互い抱きしめ合いながら強くキスをする。深いキスは吐息も濃くしてしまう。我慢すると言った自分の言葉をすぐに後悔することになる。 「この仕事が終われば少し落ち着くんです。次は家で仕事しますから、ずっといますよ」 辻堂の下で笑いながら歩は言うが、身体は中々抑えられない。 好きだという気持ちと、自分のものにしたいという気持ち、それとこっち向いてくれと思う気持ちが入り交じる。 自分勝手だとわかっているが、二人で過ごす時間があれば抱きしめ、キスをしていたい。それ以上も望んでしまう。 触れ合っても身体を繋ぎあっても、まだ足りず、もっと想いを伝えたいと後から後から溢れてくるものに戸惑う。 人を愛するということは、こんなに歯がゆいものなのかとわかる。 ◇ ◇ 翌朝、ひとりでドームテントの近くを歩いてみた。早朝なので人はいなく静かだ。 歩はまだ寝ている。我慢すると言ったのに、昨日は少し無理をさせてしまった。 一度では足りず、もう一度と歩を求めてしまった。歩には負担をかけたくないと言ってるのに、やってることは矛盾している。 堪え性がなく、我慢もできない自分を歩は許してくれるだろうかと、考えながら辻堂は歩き始めた。 掃除をしている人を見かける。この国の人ではないらしい。ブラン共和国の人だろうか。 「おはよう」と辻堂から話しかけてみた。 「おはようございます」と挨拶が返ってきた。 大きな木の下に散らされている花びらを、掃除しているようだった。 「これ、何て木だろうな」 挨拶は通じたが、この言葉は通じなかったらしい。首を傾げて不安そうな顔をして辻堂を見ている。もう一度同じ言葉をブラン語を使い話しかけた。 「この木の名前はわからないんですけど、綺麗な花がたくさん咲きます。すぐに散ってしまうのがもったいないんですけど、落ちた花が一番美しいそうです」 パァッと顔を明るくさせて答えてくれた。 やはりブラン共和国の人だった。異国にいても言葉が通じると嬉しいのだろう。 「ブラン語わかるんですね。ここでブラン語わかる人は、歩先生以外は初めて会いました」 嬉しそうにブラン語で次々と話しかけてくる。 「歩先生?」 「はい。歩先生です。僕達の先生なんですけど、言葉使いだけじゃなくて、この国の作法?みたいなことも教えてくれるんです。言葉が通じるのは安心だけど、言葉以外で人と通じ合えるともっと別の嬉しいこともあるよって教えてくれました。それにはこの国の生活を知ることが大切だって」 ブランの人は勤勉で真面目な人が多いが、やはりそうだなと改めて思う。学ぶ姿勢というか、生活を通してカルチャーを吸収したい意欲がよくわかる。 歩が目指すものは着実に上手くいっているように感じる。ブラン共和国の国王であるルカにもこの景色を見せたいと辻堂は思った。 「この花、少し貰ってもいいか?」 辻堂は木の下に散らされている花を拾い上げ、そう尋ねた。 「どうぞ!この花は毎朝、ここで集めてお客様のルームに置いたりしています。結婚式でも使うんですよ。凄く神聖な花だって歩先生が教えてくれました」 綺麗な花だ。花の種類などはわからないし、今まで花に興味を持ったこともなかったが、今は何だか愛おしく感じる。この自然多い場所だからだろうか。 「誰かに渡しますか?プレゼントします?もし、そうだったらプレゼントボックスになるものを探してきます」 辻堂が花を拾い上げ大切そうに持っているので、聞いてきたのだろう。ウズウズとしている感じが手に取るようにわかる。 「俺の好きな人にこの花を渡したいんだ。ボックスをお願い出来るか?」 辻堂は、ひとつづつ花を摘み上げて手のひらに乗せていく。 「今すぐ持ってきます!」 元気な声を残して近くのドームに走って行った。

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