48 / 52

第48話 One year after story(Blanc)

  手首を縛られたまま寝ていたようだ。 我ながら図太くて笑える。 「ええっ!マジか!なんだよ伊織...言えよ、全く...」 昨日、好きな男を殺そうとした。 何年もの間、悩みながらも近くで見てきた男だ。最後のチャンスでも、やっぱり殺すことは出来なかった。好きになるって厄介だ。こんなはずじゃなかったのに。 「陛下...」 「あっ、起こしちゃったか?ごめんな。まだ朝早いからもう少し寝ていていいぞ。昨日は激しく愛し合ったからな。身体大丈夫か? 裸のままで寝てたから寒くないか?」 そう優しくキスをしてくる男を殺そうとして、昨日、手首を紐で拘束された。 次にベッドに誘われた時には必ず殺すようにと、言われていた。次にと、言われてから一年以上になる。それまで殺すことは出来ず、ずるずるとベッドを共にしていた。 昨夜、イリアはブラン共和国国王であるルカを殺そうとした。イリアはアサシン、いわゆる暗殺者だ。 イリアはギフト無しのため、教育もまともに受けられず、仕事も定職に就くことは出来なかった。 以前暮らしていた場所で、言語ギフトを持つ人がいた。その人に『英語』を教えてもらいイリアは習得した。 イリアには弟が二人おり、弟たちが幼い頃からイリアは二人に習得した『英語』を使い話しかけていた。 おかげで言語ギフト保持者と同等のレベルにまでイリアも弟たちも『英語』を使いこなせるようなった。 これで、ギフト無しだと言わなければ誰にもわからない。弟二人には、言語ギフト保持者だと伝え育てた。本当はギフト無しだということはイリアが言わなければわからない。これで彼らの未来は安泰だと思った。 そこにあの人が来て、イリアに伝えた。 あの人とは、イリアに『英語』を教えた言語ギフト保持者だ。 「君はもう言語ギフト保持者なんだろ?これで仕事に不自由はしない」と。 「弟たちがギフト無しだとバラされたくないだろ?だから俺たちの言う通りに仕事をしろよ。まぁ、なんてことない仕事だよ」 そう言って、仕事を与えてくれた。 その仕事が国王暗殺であった。 弟二人のことをチラつかされ、イリアは王宮に送り込まれていた。選択肢は無かった。 弟たちに十分な生活をさせるために、指示された通り暗殺を実行するしかない。 国王は優しかった。 この人をこれから殺すんだなと、見上げたことを覚えている。 国のことを考える彼の姿は、眩しいほど凛々しく堂々としていた。国民からの支持も多くある。それは当然だと納得する程だ。 この国で行った『収穫祭』の日、月明かりの元で国王にキスをされたことがあった。二人で宴に参加した時だ。確か、国王は一滴も酒は飲んでいなかったはずだ。だから、酔っていたからと言い訳することは出来なくなる。それなのにどうしてと何度も考えたことがあった。キスをしたいと思ったことが伝わってしまったのだろうかと。 その日以来、寝る前になると部屋に呼ばれた。更に深い関係となり、ベッドを毎晩共にするまで時間はかからなかった。 初めてしたセックスは、焦ったいくらい優しく丁寧にされた。毎日、好きだ愛してると言われ、全身キスマークがつく日々となり、自分は国王のものになったようで、イリアは嬉しかった。この頃からもう、この男のことを好きになっていたんだと思う。 国王が寝たのを確認し、こっそり部屋に帰っていたが、そこであの人にとうとう言われた。 「いつまでもふざけているな。次にベッドに誘われたら殺せ」と。 昨日、殺そうとしたけど出来ず、そのかわり手首を拘束されながらも優しく抱かれた。 優しく激しく、いつも以上に何度も抱かれた。そのまま部屋を出ることも許されず、手首をベッドに繋がれて、一晩過ごしていた。 今日も自分の身体を確認すると、足の付け根あたりに、キスマークがついているのがわかる。恐らく、自分で見えないところにはもっとたくさんついているだろう。 このまま…好きな男にたくさんアザを刻まれたまま、殺されたい。それに、この人に、好きな男に、始末されるのであれば嬉しいと心から思う。本当に。 「陛下、早く私を始末してください」 「えっ?始末?なんで?俺は何度もお前に愛してるって言っただろ?」 「だから...昨日、私は陛下を殺そうとしたんですよ。私は暗殺者です。わかってます?」 「うん、知ってる。愛してるよイリア」 酷い人だ。 夜のベッドの中だけではなく、朝起きても、まだ愛してると呟くのか。嘘つきな暗殺者に向かって、こんな時まで優しい嘘をつく目の前の男を睨んだ。 「愛してるってふざけてるんですか?陛下は私のこと何も知らないのに、よくそんなこと言えますね」 お願い。 もう十分だから。嘘でも愛してると言われて嬉しかった。だからもう十分。 朝の光が入る部屋では、眩しくて国王の姿をまともに見られない。朝の光が眩しくて、涙が自然と込み上げてきてしまう。 「…そうじゃなくて!私の本当の名前も知らないくせに」 「イリーナ・ディビフォルだろ。あのな俺、一応この国の王なんだよ。知らないわけないだろ。俺を狙ってる暗殺者なんて過去にもいたんだから。うちの側近が調べるに決まってるって。な、イリア」 知ってる。素性を調べていたことは知っていた。だから名前も知られているのはわかっているが、国王であるルカの口から名を呼ばれたことが嬉しくて、声を上げそうになってしまった。 「それからな、セックス中に殺そうとするのはやめてくれよ。俺は愛してるって言ってるのに、お前は違うこと考えてるってことだろ?結構ショックだぜ」 だから殺せなかったのだ。この男に溺れているのはわかっている。毎日公務を共にし、毎晩ベッドも共にしている。ベッドの中では、ルカと呼べと言われ、何度も背中に手を回しルカと呼び続けた。愛してると口に出すことは出来ないかわりに、名を呼ぶことで、愛を伝えていた。 「お前が脅されて俺を殺すように言われていたのも知っている。だがな、もう問題は解決しているんだ。お前を強請っていた奴らは昨日捕まえている。だからもう自由だぞイリア。後は何だ?何が心配?あ、一番の心配はこれだろ?」 心配とは、ヨウとサンのことだとすぐにわかる。自分のことより、弟たちが心配だ。 「うーんと...伊織の写真に一緒に写ってるぞ。ほら」 「ヨウ...サン...なんで?どこ?」 結婚式だろうか。綺麗な白い花を振りまいている弟たちが写っている。この前、ギフトメンテナンスで来ていた辻堂達も写っている。ここではない、他の国だとわかる。 ルカは弟たちを海外に脱出させたと言う。 他国に行くにはギフト保持者だけが認めていた。それは世界の法として定められていることだ。万が一、ギフト無しが他国に渡った場合は、その者を始末するということになっている。 弟たちは、イリアと同じギフト無しだ。 自分だけではなく、弟たちも殺されてしまうことは避けたい。慌てるイリアは咄嗟にルカに縋りついてしまった。 言わなければギフト無しだとバレることはないだろう。だけど、そんなこと考える余裕はなく、国王であるルカに懇願する。 「二人のギフト無しのことか?すげぇよな、ギフト無しでもNOアクセントで発音に問題ないって歩が言ってたぞ。かなり努力したんだろう。お前もそうだもんな。努力して勝ち取ったか」 豪快に笑っている。笑いながら身体を引き寄せられた。抱きしめられ、体温が高い人だと改めて感じる。 「イリア知ってるか?俺もギフト無しだぜ。ギフトがあるなしは、大きな問題ではない。あればそりゃ便利だよな。ただそれより大切なことは、どう生きていくかだ。ギフトが無いのにここまでよくがんばったな、彼らを誇りに思うよ」 国王であるルカもギフト無しだという。そんなことはあるはずはない。王族には、特別なギフトを持つと聞く。実際、ここ王宮にいるとさまざまな場面で王族たちは使っているのを感じており、何度もイリアは目にしてきていたはずだ。 ただ、国王のギフトは確かに確認は出来ていない。ルカが言うことは本当なのだろうか。 ギフト無しである弟たちを、ルカが海外に送った。処罰もさせない。それに、イリアを王宮に送り込んだあの人とその組織を捕まえたという。何がなんだかわからない。 わかっているのは昨日、この男を殺そうとしたのは自分だということ。 全裸で手首を縛られて動けないでいるイリアを、ルカはシーツで包みあげた。 手も足もシーツに包まれている。身動きは取れない。そんなイリアを大切そうに抱きかかえたまま、ルカはドアの外に出て行く。ドアの外には側近らが跪き待機していた。イリアの同僚もたくさんいた。 「いっしょに朝ごはん食べよう」 跪く皆の前で、ルカはそう言い、イリアの頬にキスをした。

ともだちにシェアしよう!