49 / 52
第49話 One year after story(Blanc)
「今日はこっちで食事してもいいか」
いつものテーブルではなく、カウチの方にルカは座った。ルカは大きな身体の男なので、その上にイリアを座らせているが、ルカを見ると窮屈そうには感じない。実際、イリアも座り心地はしっくりとしていた。
「イリア…もうちょっと太れよ。最近また痩せただろ?さ、何食べる?喉が渇いたろ、こっちが先か」
目の前に食事を準備させ、全員を下がらせた。ルカは楽しそうに、イリアに水を飲ませてくれる。気がつかなかったが、相当喉が渇いていたようだ。身体は正直だ。
「痛かったか?許せよ」
そう言って、ぐるぐる巻きのシーツを解き、手首の紐を解かれた。全身裸のままは変わらない。
「何から話しよっか…質問形式でもいいし、俺がひとりで喋ってもいいぞ。あ、でもその場合はイリアのことが好きだって話も聞くことになるから、覚悟しろよ。とりあえず…まぁ食べるか」
暑い国のフルーツは味が濃厚で美味しいという。他の国は知らないが、この国のフルーツは甘くて美味しいとイリアは思っている。
ルカの手から食べているのも不思議だった。母から食べさせてくれることも知らないで育ったイリアは、いつの間にかひとりで食事をしていた記憶しかない。
ルカの指を噛まないように、食べ物だけ口に流し込む。唇に触れる好きな男の指は、美味しいとわかる。
「イリア、君を苦しめていた人たちを、全員捕まえた。組織で動いていただろ?組織ごと捕まえたよ。時間はかかったが、それも昨日終わっている。だから君はここで、いままでと同じ生活を送れる。俺の側近として補佐をしろ。これは国王である俺の命令だ。その他は認めない」
出口を塞がれた。
だけど、自分から好きな男を殺そうとしたことは変わらない。
「私は昨日、陛下を殺そうとしました」
「あーっ、それ?それはさ、プレイのひとつ?みたいな感じだろ。ほら、セックスしてて興奮してさ…」
ふざけて、軽くケムに巻くようなことを言う。いつもルカはそうだった。肝心なことは誤魔化す。そして、それは全てイリア絡みのことだ。
「私に…罰を与えないと?罪を償わせることもしないのですか?私はこれからどうしろというのですか」
「…罪を償うと本心で君が望むのなら、この先も俺のそばにいてくれ」
それは罰ではない。
この先の未来を、ルカと一緒に見れるのであれば、そんなに嬉しいことはない。だけど、そんな簡単なものではない。それほど、取り返しはつかないことをしている。
「おっ!かかってきたぞ!そろそろかと思ってたけど…イリア、シーツにくるまってろよ?裸だってわかっちゃうぞ」
スマートフォンから音が聞こえる。ルカが画面をタップすると、そこにはヨウとサンが映っていた。
「おう!二人共、元気だったか?どうだそっちは」
「国王陛下、ありがとうございます。元気にしております」
ヨウが返事をしている声が聞こえた。面識はあるのだろうか。イリアは知らなかったが、親しく話をしているのがわかる。
「こっちは昨日片付いたから、もうお前らも安心していいぞ。あっ、兄さん見えるか?元気だぞ」
ルカが画面をイリアに向けた。二人の元気な姿と声を改めて確認出来た。
「あーっ!兄さん!元気?心配したよ。もう、ひとりで無茶してるんだって?そんなのやめてよね。こっちは大丈夫だから」
サンが画面に向かい手を振り、捲し立てているのがわかる。相変わらず元気によく喋っているのがわかり少し安心する。
「おい、兄さんは事情知らないんだから、そんなに言うなよ。あのさ、兄さん、俺たちは自分らのことギフト無しだってわかってる。わかっててこの国に来てる。ギフト保持者じゃないと働くことは出来ないってルールは無いんだよ。世界的なルールなんてそんなのは無いから。その辺のことは、陛下に聞けば教えてくれるよ」
ヨウの言葉を聞き、振り向いてルカを見ると笑っていた。ギフト無しでも他国で働くことが出来る、始末されることはないと繰り返しヨウは言っている。ただの噂だからと笑って言っている。
それに、大きな力が動いていたと思われる。組織から国王を暗殺しろとイリアは言われた。その一方、ルカは国家ぐるみで、別に動いていたようだ。知らなかったのはイリアだけなのだろうか。
「ヨウ…サン…元気…なの?」
元気だよという声が二人から聞こえる。ここで働いているんだと、楽しそうに仕事の内容の説明を受け、イリアはまた驚いてしまう。他国のルールがわからない。これからもギフト無しでも働くことは本当に出来るのか。
それにしても二人は生き生きとしている。
「…兄さん、どんな格好なの?それ」
画面越しのサンは目を細めている。何だろうとこちらもジッと見ていると、隣にいるルカが慌ててスマートフォンをカウチに投げ置き、イリアを抱き直した。シーツがはだけていたようで、イリアの裸姿が映ってしまったようだ。
ルカはイリアをまたシーツでぐるぐると、もう一度巻きつけ、膝の上に抱えた。
スマートフォンの画面は小さいので、ルカとイリアは頭をくっつけて見ることになる。二人で画面を中を改めて見ると、ヨウとサンは怪訝な顔でジッと画面を見つめていたままでいた。
「いやいや、こんな感じの格好だよ。あっぶねぇ…」
ルカが笑顔で二人に伝えた。
「…えーっ、陛下…まさか…」
ヨウがまだ目を細めて見ている。
「あー…まぁ、そうなんだ。大切にするから、認めて欲しい」
そう言うルカはイリアの頬に音を立ててキスをした。弟たち二人の前で突然キスをされたイリアは固まってしまった。
えーっ!という弟二人の大声が、スマートフォンから聞こえた。
ダメダメ!ないない!と大きな声でサンは騒いでいるが、ヨウは笑いながらOKサインを出していた。
「兄さんも取られちゃう!僕、最近失恋したばっかりなのに!」
サンが大声で訴えている。恋をする程、余裕がある生活を、他国で送れているということだ。
「ははは。ヨウはこっちで知り合った歩先生のことを好きになったんだけど、この前、その先生の結婚式があってさ、それからずっと落ち込んでるんだよ」
ゲラゲラと笑いながらヨウがイリアに教えてくれている。
「僕が歩先生を幸せにするはずだったのに」「好きな人の結婚式に出た」と、サンが画面の向こうで、また捲し立てて言っている。
「歩の相手は伊織だろ?さっき写真を送ってきたぞ。お前らも写真に写ってたぞ」
「えーっ!陛下知り合いなんですか?歩先生と!あっ…そっか、ブランでギフトメンテナンスした時に行ったって、歩先生言ってたからな」
サンが最後は独り言のように呟いていた。
「で、お前らいつこっちに戻ってくる?こっちは片付いたから、なんならすぐに戻れるように手配するぞ?」
ルカが真面目な顔になり、二人に尋ねた。
「それなんですが…俺にはやりたい事が出来て…兄さんが俺たちを不自由にしないために与えてくれた『英語』も使えるし、これを使って、俺みたいにギフト無しの人を救えないかなって…思ってるんです。この前、その…さっきの話に出てきた歩先生の相手の方、辻堂さんから、兄さんの期待に応えてやれって言われて…それからずっと考えてるんです。俺…今の目標は辻堂さんなので、もう少しここに残って勉強したいと思っています。認めてもらえますか?」
「えっと…僕もここでもう少し働いて、その後は歩先生みたいになりたいなと思って。僕もここで勉強したいんです」
二人共、目標が出来たという。しかもこれから生きていく上での目標を語っている。
過去が貧しくても、これから先だけを二人は見ている。
自分は目標もなく、脅されていたとはいえ、言われるがままルカを殺そうとしていたのに。
二人は知らないうちに成長している。画面越しの彼らは別人のように逞しくなっている。自分より断然頼もしい存在だと感じる。
「えーっ、じゃあ帰ってこないのかよ…そこで勉強したり働くのはいいよ?認めるけどさ」
チラッとルカがイリアを見る。二人がブランに帰ってこないというから、イリアの反応が気になるようだ。
「じゃあ、俺たちがお前らに会いに行くか。時間を作って近いうちにそっちに行くよ。なっ?イリア」
ルカと見つめ合った。ルカと一緒にイリアも弟たちと会うような口振りだ。そんなことが出来るのだろうか。そこまで自分は自由になれるのだろうか。
「…ちょっと、兄さん…見つめ合ってる」
「えっ?」
サンの声で我に返り画面を見直す。相変わらず目を細めてサンに見られているのがわかる。
「…いや、あの、何だか二人が遠くに行った気がして…恋したり、目標が出来たりって凄く成長してるなって考えてたら…」
二人と話をしていたら素直な言葉が口からするすると出てきた。虚勢を張る必要がないからだろう。
「俺たちは大丈夫だから。今までは俺たちのことばかり考えてくれてたでしょ?何も知らなかったとはいえ、ごめんね兄さん。だからさ、兄さんはこれから自分のことを考えてくれればいいよ。今度は俺らが兄さんを助けるからさ。ほら、それにこれからはこうやって連絡はすぐに取れるし」
「ヨウ、ありがとう。僕には何が出来るかな。よくわかんない。サンのように恋をした事も無ければ、ヨウのように目標も無いんだから…」
「ええーっ!兄さん、恋したこと無いってその格好で言う?え?なんで?それはないでしょ。だってそっちは今寝起きの時間でしょ?それでその格好なんでしょ!二人一緒だし!」
またサンが大声で、「ありえない!」などと言い始め、ヨウは隣で笑っている。
「違う違う!順番が逆になったけど、イリアのことは愛してるから大丈夫だ。俺だって今頑張ってるんだぜ。もうちょっと待ってろよ。とにかくイリアのことは任せろ」
「ちょっと!陛下、順番は大事!」「兄さんもちょっとは考えて行動してよ!」と、サンが捲し立てている。ルカは、「許せ許せ」と言いながら、サンが喋ってる途中でスマートフォンの画面をオフにした。
弟たちもルカも笑顔だったなと思い出す。
物怖じしない態度の弟たちにも驚かされた。
本当に全て終わったのだろうか。
このまま罪に問われないのだろうか。
自分の知らないところで、ルカは確実に動いていた。こんなに毎日そばにいたのに気がつかなかった。
この人は大きい。
改めてそう思う。
「今日は一日休暇を取ったぞ。じゃあ、ベッドに戻るか。それで、何から話する?」
時間はたくさんあるさ。
そう言って国王は笑う。
もう一度、生き直しても許されるのか。
許されるなら、この人に託してみようか。
end
ともだちにシェアしよう!