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第51話 One year after story
最近のブランでの生活や、サンとヨウの新しい生活など、みんなが互いに近況報告をしていた。
ブランでは今、牛の鳴き声のおもちゃが子供達の間で大流行しているそうだ。
「ほら、これ見てくれよ」と、ルカがそのおもちゃを持ち振り回すと、『モオォォォォ』と牛の鳴き声が響き渡った。
手のひらサイズの小さなおもちゃだが、そこから出てくる音はかなり大きく、牛の鳴き声に似ている。
しかも、そのおもちゃは振って音を鳴らすだけなので、「何がしたいかわからん」とルカは言っている。
『ンモォォォォォ』と鳴り響く牛の鳴き声は、何とも気の抜けたような音で、皆一斉に笑い出した。「な?くだらないだろ?」とルカがウンザリした顔をしている。
「…あはは。ブランは今そんな感じになってるんですね。楽しそう」
「この牛の鳴き声が色んなところで鳴り響いてて、うるさいんだって。何だか間抜けな感じだし、気が抜ける。今度これをそっちに送ってやるよ。それとまたこっちに遊びに来てくれよな、待ってるから。お前らもたまには帰って来いよな」
ルカが身振り手振りをつけて話をし、ヨウとサンにもたまには帰って来いと言っている。その横で、イリアは黙って座っている。
はっきりと紹介はされていないが、プライベートでも一緒にいる所を見ると、ルカとイリアはそれなりの関係のように思える。
それに、イリアを見るルカの目が甘ったるくてたまらない。オンライン越しでも、見ていられない時がある程だ。
「そういえば国王、プカのみなさんもお元気でしょうか?」
「みんな元気だぞ!民族衣装の依頼がまた世界中から殺到してるから忙しそうだよ。あっ歩、イリアやヨウ、サンはプカ民族なんだ」
「僕たちプカ民族だよ」と、サンの声も聞こえる。以前プカ民族に会った時を思い出す。プカの人たちは皆、明るく元気がよかった。サンの明るい性格は、やっぱりそうかと思えてくる。
「歩のプカ語は人気だもんな」
ブラン共和国に行った時、歩がプカ語を喋ると幼児語になってしまうので、女性達から大人気になっていたのを思い出した。
「…もう、意地悪言わないでください。ギフトメンテナンスの時、直してくれなかったじゃないですか。まだ僕のプカ語は赤ちゃん語なんでしょ?」
ぷぅっと膨れながら辻堂に向かって言う歩の言葉にサンが食いついた。
「えっ?何?歩先生、赤ちゃん語って?」
「歩は多言語ギフトを持っているんだけど、プカ語だけはアップデートされてないから幼児みたいな喋り方になるらしい」
そう辻堂が説明すると、ヨウとサンは顔を見合わせ驚いている。その後、次々とプカ語で歩に話しかけていた。
『歩先生、僕の言葉わかる?プカ語だけど』
『わかりましゅ... ぼくはプカ語を、ちゃんとはなちてまちゅか?』
『歩先生は、元気だった?』
『げんきでちゅ!ふたりはげんきでちたか?ひさしぶりでちゅね!』
歩のプカ語を聞き、うわーっとサンが大声を上げて倒れている。「萌える萌える」と言ってる声が聞こえ、大袈裟だなと、隣でヨウが笑いながら呟いていた。
「歩先生!もう一回、プカ語で話してくれませんか?」
「…えーっ、なんで…やだよ、笑うから」
ルカの隣にいるイリアもクスクスと笑っているのがわかる。恐らく歩のプカ語を聞いて微笑ましく思っているのだろう。やっぱり、歩のプカ語はアップデートしないで正解だったと改めて思う。
「俺はプカ語がわからん。伊織もわからないよな?」
ルカが辻堂に尋ねてくる。ブラン共和国の国王だが、少数民族のプカの言葉はわからないと、以前も言っていた。
「俺はわからない。ブラン語だって、何とかわかるくらいだし」
「伊織は、ブラン語問題ないだろ。俺とだって普通に会話出来てるし。な、伊織の言葉はわかるよな?」
ルカがイリアに問いかけている。また、甘ったるい顔をして見つめていた。
「そうですね。問題ないと思います」
少し緊張しているような顔でイリアはルカを見つめるが、ルカが相変わらず笑顔でイリアを見つめている。
「また、見つめ合ってる…兄さんと陛下はいつもそう…」
サンが画面を食い入るように凝視し、呟いている。
サンとヨウは何度とブランにいるイリアとオンライン通話をしているという。
その度にいつもルカが隣にいて、話に入ってくるとぼやいていた。国王陛下に向かい随分フランクに会話をするんだなと言うと、兄さんを取られたからねという答えが返ってくる。
「あー…えーっと、伊織…今日はその報告もあってだな、」
改まってルカから話を始めた。その内容とはこの前出した声明文のことだった。
ブラン共和国の中にもギフト無しがいる。ルカもその中のひとりであり、ここにいるイリア達も同じくギフト無しだとルカは言う。
ヨウが以前悩んでいたことを、辻堂は思い出した。
ヨウは自分がギフト無しだと確認したのだろうか。画面の向こうでは、吹っ切れた顔をしているようにも見える。
ルカの話は続いていた。ブラン共和国でもギフト無しに対する風当たりは強く、仕事も限りがある。
だがこれからはギフトあり、無しに関わらず、人として平等に権利を持てるよう、世界を変えたいがために声明文を出したとルカは言っている。
「…だからな、ブラン共和国はこれから国民の生活や仕事に偏りがないよう、皆が平等に権利を受けられるようにする。それを、俺はここにいるイリアと共に実現させていこうと思ってるんだ」
ヨウやサンなど、ブラン共和国の若者たちには未来があり希望がある。
先に進もうとする意思があれば、その意思を潰さず実現させてやりたい。ギフト無しでも、ギフト保持者でも同じようにそれは平等だとルカは言う。
「僕は、歩先生みたいになりたい。それが僕の初めて持てた夢。先生、教えてくれたでしょ?言葉を使って何をしたいかだって。僕、出来るかなって思って...頑張りたいなって思ってる」
サンが歩に憧れていると語り、これから更に勉強すると言っている。それを聞き歩も答えていた。
「サン君はブラン語、プカ語、それに英語も使えるでしょ。もう全てノーアクセントだし言語は問題ないよ。こんなにたくさん言語が使えるのは凄い。それにこの言語を使ってどうするかでやりたいことの幅も広がるよ。それに僕みたいになりたいって言ってくれて嬉しい!応援するから、何かあったら相談してね」
嬉しそうに歩はサンに伝えている。サンもそれを聞き嬉しそうだ。
「俺は...このままギフト無しとして生きていく。それで俺は辻堂さんが目標なんだ。あのドームの中で俺の話に付き合ってくれた時からずっと考えていた。あの時はありがとうございました」
画面越のヨウに笑いかけられる。吹っ切れた顔をしていたのは見間違いではなかったようだ。
「えっ?ドームって、この前のですか?伊織さん知り合いなの?ヨウ君と」
「なんだよ、伊織、知ってたのか?」
歩とルカに同時に尋ねられたが、曖昧に頷いただけにしておいた。
あの時ヨウは、ギフト無しの自分に引け目を感じており、ギフトを入れたいと思っていたはずだ。
それから考えて今の答えを出したのだろう。ヨウと初めて会ってからそんな時間は経っていない。短い時間の中で何度となく考え、答えを出したと思う。
ヨウはギフトを入れず、ギフト無しで生きていくことを決めている。それを決断したと言える彼は、これからブランの大きな力になるだろうと感じる。
「辻堂さん、俺来月からフォルスでバイトとして働くことになってる。どうしてもフォルスで働きたくて、なんでもやるから使ってくださいってお願いしたんだ。
滞在ビザも申請して通ったし...だからよろしくお願いします。社長には会社で会えないのはわかってるけどね」
「そうか...つらくても逃げ出すなよ?」
23歳の頃の自分とヨウを重ねて見える。ヨウやサンの後ろには道があり、自分の足で立って歩き出す者は応援したくなる。歩に対してもそう思っている。
「ブランの国民のために。な?イリア。一緒にこの国を支えよう。君には野望があるって知ってるぞ?それは俺も同じだ」
ルカはイリアの頬にキスをした。やはりそうなのかと、辻堂は大して驚きもしなかったが、隣にいる歩はびっくりしている。
「...え、あの、陛下…ちょっと」と、イリアは身体を捻らせよけるようにしているが、ルカにがっちりと肩を抱かれ身動きができないようだ。
まあ、そうされるだろうなと辻堂は眺めていた。何となく、ルカとは似ている所があると辻堂は思っているからこそ、次に何をするか、大体の行動がわかる。
「ええっ! そうなんですか? 国王とイリアさんって!」
「違います!わたしは陛下の側近としているだけで、その...そういう...」
すんなり恋人として生活することは出来ないのはわかる。ましてや相手が国王陛下なら尚更だ。
だが、自分の気持ちを殺すように、イリアは頑なにルカを否定している。
画面越しだが、イリアもルカを好いていると思うのだが気のせいなのだろうか。
「毎日愛してるって、口説いてるんだけどな…まだ頷いてくれないけど、いい報告が出来るように頑張るからよ」
拒否されても気にせずに口説いてるというルカに逞しさを感じる。さすが国王、一歩も譲らない。
「歩先生、そうなんです。最近では陛下はどこ行くにも兄さんを連れて行くし、ベッドルームも一緒で毎日、寝起きを共にしてるんだって。でもさ、兄さん...往生際が悪いよ。もう認めてもいいんじゃないの?」
頬杖をついて二人を眺めていたサンが、途中からうんざりした口調でイリアに訴えている。ルカとの関係を行っているのがわかる。
「そうだよ。俺たちのことは心配しないで、兄さんは自分のことを考えてよ。陛下と一緒にブランを支えていくんじゃないの?兄さんは、ギフト無しの俺たちに生活に困らないようにって言語を与えてくれたでしょ。同じように困ってるギフト無しの人達を救いたいんでしょ?」
ヨウも続けてイリアに伝えている。イリアは、兄弟に言語を教え、ギフト無しでもハンディキャップがないようにと育てたはずだ。
ブラン共和国で同じような環境の人達を救いたいという想いがあると、ルカがイリアのことを説明していた。
それとは別に、ルカの気持ちを頑なに拒む何らかの理由がイリアにはあるようだ。それを周りが心配しているのがわかる。
「ま、いいさ。時間はいくらでもあるんだ」とルカは笑い、またイリアの頬にキスをしていた。
「イリアさん…犬は、マーキングしたり周りを威嚇したり言うことを聞かないこともありますから、大変だと思います。でも、忠誠心が強いから、時間をかけて可愛がってください。希望はあるはずです。それで上手くいくと思います」
そうイリアに向かって言った辻堂に、歩は振り向き「何故急に犬の話なんてするんですか!」と言っている。
「おい、伊織!仕返しかよ」
ニヤッとルカは笑い言う。
この男は逞しい。
その時突然『ンモォォォォォ』と牛の鳴き声が鳴り響いた。ルカに抱きしめられているイリアが、ルカの腕の中から逃れようと身体を捩っていたら、『あのおもちゃ』に触れてしまったようで、盛大に鳴らしている。
「兄さん、このタイミングで鳴らす?うそでしょ?」
サンの言葉に全員が笑った。
イリアが自分の気持ちを認めるのも、時間の問題だろう。言葉では「違う」とは言いつつも、側から見た二人は、いちゃついてるようにしか見えない。
あたふたしてイリアが牛の鳴き声を止めるが、中々牛は鳴き止まない。ルカが爆笑しながらイリアからそれを取り上げ、大きく振り始めたから、また牛の鳴き声が『モオォォォ』と響き渡っている。じゃれついた二人を、みんなで笑いながら見つめた。
やはり、ブランの未来は明るいと感じる。
ギフト保持者への対応は、フォルスが参入し解決している。次のステップとして、メンテナンスを定期的に受けられる施設作りを視野に入れて既にプロジェクトは動いている。
そこに新しくギフト無しの支援も始まるという。パワフルでタフな国王だから、国民からも支持も厚い。
「じゃあ…次はオンラインじゃなくて会いに来いよ。俺たちが先にそっちに行くかもしれないけどな」
「ルカ、相変わらずブラン共和国は明るいな。眩しいくらいだよ。これからますます大きくなるブランを見させてもらうよ」
「だろ?伊織もここに住んでもいいんだぜ?」
近況報告というオンラインが終了した。
「国王とイリアさんって、恋人同士じゃないのでしょうか…お似合いですけどね」
歩が珍しく難しい顔で考え込んでいる。そんな顔も可愛らしく思える。
「どうなんだろうな。でもかなり、いちゃついてたから、恋人になるのは時間の問題だろ」
「それならいいですけどね…それと、話するのが面白くって、やっぱり食べながらは出来ませんでしたね。ご飯が冷めてしまったので、温め直してきます」
話に夢中になり、食事を取ることを忘れる程だった。リビングからキッチンに食事を下げるのを辻堂も手伝うことにした。
「サンくんとヨウくんも元気そうでよかった。伊織さんとは既に知り合ってたなんて、知らなかったですよ。あっ!わかった!あのプルメリアですね?」
「朝になると地面いっぱいに落ちていて、綺麗な花だった」
これからルカはイリアを表に出すことを考えているはずだ。ブラン共和国は、ギフト無しを支援する国として力を入れることになる。その時に、多くのギフト保持者である国民をも無視することはできない。上手く両立するためにフォルスも力を貸してくれと、頼まれた気がした。
「それより、お前のメンテナンスいつだ?
俺も一緒に入るから。その日をバカンスとして過ごそう。一週間は休みたいよな」
「えーっ、一週間休めるかな…新しい仕事の依頼も来てるんですよ」
「メンテナンスは大事だろ?」
「ですよね。そっか!すぐ調整します。メンテナンスはどこで受けようかな…」
ギフトと呼ばれる人工知能を人はひとつ持つことが出来る。
「世界は広いな、歩。どこでメンテナンス受けたいか、考えとけよ?」
歩を抱え上げ、ベッドルームまで歩き始める。
「えっ?ちょ、ちょっと!伊織さん!ご飯は?食べないの?」
ベッドルームに向かうまで、待ちきれなくてキスをした。
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