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第6話とんでもない申し出

 「あいつは……俺への執着が酷くて」 「アルファの性質だね。アルファは異常に執着心見せるものだけど、でもそれってオメガに対してであって、兄弟にっていうのは珍しいね」  俺だってそう思う。  俺がオメガだったらまだ理解できたかもしれない。  でも俺はそうじゃない。 「俺は、オメガじゃないですよ」 「それくらいわかるよ。君からはそう言う匂いはしないし」  そうか。  アルファやオメガは匂いでわかるんだっけ。  でも俺には何にも分かんねえよ。 「匂いで……わかっちゃうんですね」 「まあねー。あまりにも匂いが強いから何でだろう、って思ってたけど。デリケートそうだし聞くのはどうかと思って言わなかった」  知られた今となってはどうでもいいことだ。   「理由、わかってるんですよね」 「うん、まあ」 「俺は嫌なのにあいつは……」  言葉とともに、涙が溢れてくる。  心を支配する能力は本当に厄介だ。  ほんの少しの間しか効果ないとはいえ、きっかけを作られてしまえばもう、身体に快楽を刻まれて力の効果がなくなるころには逆らえなくなってしまう。 「泣かせるつもりはなかったんだけどね」  すこし焦った声が聞こえてくる。  俺だって泣きたいわけじゃない。  だけど、涙が出てくるのは仕方ないじゃないか。  五年も俺はあいつに苦しめられてきた。   「ちょっと君の手袋に興味持っただけだったんだけど、想像以上に根が深そうだね」  今まで俺の手袋を気にする人は何人かいたけど、そこまで踏み込んでくるやつはいなかった。 「そんなに、気になりますか、この手袋」 「ご飯食べるときに手袋したままの人、見たことないし。だから、邪悪な何かを封印してるのかと……」 「そんなわけないじゃないですか」  この人、変な人かもしれない。   「それは残念だなあ」 「それ、マジで言ってますか?」  「うん、わりと」  やっぱり変な人なのか。 「兄弟なのに、なかなか歪んでるね、彼」  それは俺もそう思う。  大学に入ってから、それはエスカレートしているように思う。  どうしたら俺は、あいつから解放されるんだろうか。  やっぱり恋人とか作ればあいつは諦めるかな。  いつ現れるかわからないあいつの運命の相手を待つより、俺が恋人を作る方がずっと楽だ。 「恋人でもできれば、変わるのかもしれないですけど」 「やろうか? 恋人役」  今、なにかとんでもないことを言われた気がする。  俺は顔を上げて浅木さんを見る。  彼はテーブルに両腕を置き、笑ってこちらを見つめていた。 「え?」 「だから、恋人役。だって、苦しいんでしょ? 君」 「え、あ……え、まあそうですけど……なんでそんなこと言いだすんですか」  わけわかんねえよ。  ふつうそんなこと言うか?  いや、言わねえよな。 「べつにからかっているわけじゃないよ。歪んだ関係っていつか破たんするよ? それに君はオメガじゃない。彼にそういう相手が現れたら君は確実に捨てられるでしょ。君だけが傷を深くするだけだよ」 「そう、ですけど、だからって、そんなこと貴方に頼むわけには……」 「君の力が暴走しそうになったら僕はそれを止められるし、君の弟がどんな力を持っているのか知らないけど、僕には通用しないんだよ。最強じゃない?」  いたってまじめな顔で浅木さんは言う。  いやいやおかしいだろ?  知り合って一週間の俺に、何を言いだしてるんだ。  俺は俯き首を横に振り、 「そんなの、頼めるわけないですよ。だって俺、貴方の事よく知らないし」 「そっかー、それもそうだね。じゃあ、とりあえず、僕の連絡先教えるよ」 「え?」  浅木さんはスマホをテーブルの上に出して操作し始める。 「なんでそんなことまで」 「なんでだろ? なんか放っておけないオーラが君から出てるからかもしれないし、僕がいま、とっても退屈しているからかもしれない」  そして浅木さんは俺の前にスマホの画面を見せた。 「はい、これ、読みこんで?」  その浅木さんの声には、人を従わせるような威圧感があって。  俺はいそいそとスマホを取り出し、メッセージアプリを起動した。  浅木さんに言われた通りコードを読み取り、連絡先の交換をする。  いいのか、これ。  こんなの蒼也にばれたら……  その考えに俺は震えた。  俺の思考の中心に、いつも蒼也がいる。  あいつが怒ったらどうしよう。  あいつに知られたら俺は……  ずっと俺はその思考に支配され続けている。  蒼也が変わることはないだろうから、なら俺が変わるしかないだろう。  でもだからって、よく知らない相手に恋人役をやってほしいなんて頼めるわけない。  どうする俺。  蒼也から解放されるならどんなことでもやるけど、でも……  葛藤していると、浅木さんは俺に手を差し出してきた。   「たぶん、僕の力は役に立つと思うよ」  俺は彼の顔とその手を交互に見て、そして、震えながら彼の手を握った。

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