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第8話もう終わりにしろ★

 講義を終えて家に着いたのは十九時過ぎ。  駐車場に車が止まっているのに気が付き、俺は自転車を止めた。  あいつ……  家に帰らないと明日の準備はできないし、どこかに泊まれるほどの金もない。  俺は深いため息をつきながら、自転車から降りて、重い足取りで家に近づいた。  部屋の灯りが点いている。  蒼也が来ているのは間違いなかった。  自転車を止め、震える手で玄関を開ける。  中に入るなり現れた蒼也の姿に、心底震えた。 「お帰り、緋彩」 「お前、帰れよ」  極力冷たい声で言い、俺は鍵をかけて蒼也を避けて中に入ろうとする。  すると、腕を掴まれそして、そのまま壁に身体を押し付けられてしまった。  蒼也と目が合う。  怖い。  蒼也はどうも機嫌が悪いようで、俺を睨み付けている。 「なんで俺を避けるの?」 「決まってるだろ、そういうところだよ」  恐怖を押さえようと思うが、出た声は震えている。 「無理やり俺を従わせようとする、お前が俺は嫌いなんだ」  嫌い、とはっきり言うと、蒼也の目が細くなる。  怖い。  けれど、ここでひいたらまた俺はこいつに抱かれることになる。 「もう、俺には構うなよ。見合いしてるんだろ? そこでオメガ見つけて……」  言いかけた唇を塞がれ、舌がすぐに入り込み俺の口の中を蹂躙していく。  逃げようと肩を押すが、その手はすぐに掴まれてしまう。 「そ、う……」  口が離れたとき、唾液が漏れ出て銀色の糸を引く。  蒼也は瞳を怒りの色に染め、俺を見ている。 「俺には緋彩がいるのに? なんでオメガの相手なんかしなくちゃいけないの」 「お、お前はアルファだろ? 俺みたいなベータの相手なんてしてるんじゃねえよ」 「俺は緋彩がいいんだよ。俺には、緋彩しかいないんだって、何でわかんないんだ?」 「わ、わかるかよ、そんなの」  俺にとってそんな蒼也の感情は迷惑極まりないものだ。  俺は、ふつうに過ごしたいんだ。 「緋彩、なんで俺を避けようとするんだよ? 緋彩はずっと、俺が守ってやるって言ってるのに」 「お、お前に俺は守られたいなんて……思ってねえよ。頼むから俺の事は、放っておいてくれ」  震えながら言うと、蒼也はにやにやと笑いだした。  なんなんだこいつ、なんでこんな顔で笑ってるんだ? 「緋彩の身体は、俺なしじゃいられないのに?」  あぁ、やばい。  こいつ……また、力を使いやがる。 「もう、やめろよ、それ使うの……」  口では強がってみせるが、心は蒼也を求めだす。   「ほら、お風呂で準備してきなよ? いっぱい、愛してあげるから」  逆らいたいのに、俺の心は蒼也に支配されてしまい、抗うことはできず重い足取りで風呂場に向かった。  俺のベッドの上で、蒼也が後ろから俺を貫く。  言いたいことがあるのに今はそれを言うことができない。  出るのは、蒼也を求める言葉ばかりだった。 「蒼……奥、イイ……」 「素直になりなよ、緋彩。緋彩には俺だけがいればいいんだから」  違う。俺にはお前だけじゃない。  俺は首を振るが、出る言葉は真逆の物ばかりだ。 「蒼也……ちがう、奥……あぁ!」  蒼也は激しく腰を打ち付けて、その度に俺の視界は歪む。   「緋彩、中気持ちいい」 「そう、やあ……だめ、だって……」  蒼也の力が消えてきたらしく、俺の口からは本音が漏れだす。 「駄目って、何が? 緋彩のここ、俺のモノ締め付けて離さないのに?」 「ちがっ……俺は、お前とこんなこと、したく……うあぁ!」 「なんでそんなこというの、緋彩は俺の事嫌いなの」 「嫌に決まって……あぁ!」  奥をこじ開けるように腰を打ち付けられて、俺は背を反らし叫んだ。  気持ちよさよりも嫌悪感の方が酷い。  頭の中を、浅木さん……奏さんの顔がちらつく。  言わないと、蒼也に。  だから、もう、俺に構うなと。  鍵を、取り上げないと。   「緋彩、大好きだよ、緋彩」  余裕のない声で繰り返し、蒼也は動きを止める。  腹の奥が熱くなるのを感じ、俺は中に出されたことに気が付いた。  こいつ……中出されると、後が大変だって言うのに。  楔が引き抜かれ、俺は辛い身体を押して蒼也を振り返る。  彼はベッドに手をついて座り、俺を見ていた。 「蒼也……もう、俺の家に来るなよ」 「なんでそんなこと言うんだよ」  悲しげな顔で蒼也は言い、俺に手を伸ばしてくる。  俺はその手を掴み、そして顔を近づけて言った。 「もう、終わりにするんだ、蒼也。鍵を渡せ。じゃないと、父さんに言うからな、お前がここに入り浸ってること」 「緋彩……」  蒼也の目に、悲しみの色が浮かぶ。  俺は母さんには忌み嫌われているが、父とはまだ会話ができる。  そして蒼也は、父さんの言う事はまだ聞くはずだ。 「オメガを相手にしてろよ。俺じゃなくて。いい加減俺から離れろよ。俺、恋人、できたから」  すると蒼也は大きく目を見開く。  唇を震わせそして、俺を勢いよくベッドに押し倒した。 「恋人ってどういうことだよ、兄さん」 「そういうことだよ、蒼也。だからもう、お前とはこんなことしない。もう、終わりにするんだ」  語気を強めて言うと、蒼也の手が俺の首にかかる。  まさか、首を絞められる?  一瞬恐怖を感じると、蒼也は俺の身体を反転させてそして……首に噛み付いてきた。 「ひっ……!」  ガブリ、とうなじに噛み付かれ、俺は痛みに涙を流す。  うなじに噛み付く意味を俺は理解している。  アルファが、オメガに対してやるものだ。  唯一の番として認めた相手にやる行為。噛めば、そのオメガは噛んで来たアルファの番になり、三か月に一度はあると言う発情期をコントロールできるようになるとか聞いた。  でも俺はオメガじゃない。  噛まれたところで、番にはなれないしなるわけがない。 「い、たいから……蒼也、そんなことしても、虚しい、だけだろ?」  呻きながら言うと、蒼也は俺の首から口を離しそして、そのまま背中から俺を抱きしめた。 「緋彩はなんで、オメガじゃないの?」  哀しみをはらんだ呟きは、俺の心に重くのしかかった。

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